なこともありますので、俊夫君は負けず嫌いの性分ですけれど、両親が心配して、この春から力の強い人を助手として雇うことになりました。その助手となったのが、すなわちこの柔道三段の私であります。
 はじめ俊夫君は私の名を呼んで「大野さん」と言っていましたが、近頃は「兄さん」と呼びます。それほど私たちの仲は親密になりました。私は朝から晩まで俊夫君と一緒におります。街などを歩いていると、「兄さんは、今、講道館のことを考えていたね」などと言って私を驚かせます。どうして分かるのかと聞くと、にこりと笑って、いかにも簡単に推理の道筋を説明してくれます。
 俊夫君が探偵になったのは、その実、赤坂の叔父さんが非常にすすめたからでもありました。その叔父さんはもと逓信省《ていしんしょう》の官吏でしたが、探偵小説が大好きで、年は五十になったばかりですけれど、退職して毎日探偵小説を読んでいるという変わりものです。
 叔父さんは金持ちで、俊夫君の研究道具など高価なものでも惜しげなく買ってくれます。叔父さんの家《うち》には祖先伝来の宝として、天竺徳兵衛《てんじくとくべえ》が暹羅《シャム》から持ってきたという大きな紅色《べにいろ》のダイヤモンドがあります。それは今までたびたび盗賊にねらわれたことのあるくらい有名なものでして、叔父さんは俊夫君が、この次の難問題を解決したら、ご褒美にやろうと約束しました。
 俊夫君は平素それを欲しがっていたので、何か大事件があってくれればよいと思っていました。ところが、どうでしょう。その紅色ダイヤが叔父さんの家から紛失したという、叔父さんと俊夫君にとっては、この上もない大事件が突発したのです。
 九月のある日、俊夫君の所へ茶色の封筒の手紙が届きました。俊夫君はいつも手紙の封を切る前にまずその紙質《ししつ》、文字、消印などを検査しますが、この封筒には差出人の名が無かったので、非常に注意深く検査して、やがて小刀で封を開き、ピンセットで中身をはさみだしました。出てきたのは半紙《はんし》半分の白紙でした。
「兄さん、この手紙を読んでごらん!」
 と俊夫君は白紙を広げて言いました。私は手に取りあげようとすると、
「ああいけない。指紋を採るから触ってはいけない」
 と申しました。けれど、何も書いてないのですから、読もうにも読みようがありません。
「何と書いてあるか分かるか?」
 と俊夫
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