ゃ馬で、ほとほと持てあますことがしばしばあった。しかし、彼此《かれこれ》するうちに二人の間に女の子が出来、それからというものは、彼女は非常におとなしくなった。
 するとその頃父のミルトン・ソムマースは、老齢のためか、又は寂しさのためか、にわかに健康が衰え出して来て、遂には二六時中床の上に横わらねばならぬくらいになった。そこで彼もとうとう我を折って、ハリーとその家族を呼びにやって同居させ、ハリーに田地の監督をさせ、エドナに家政を司らせることにした。
 老人の病気は段々悪くなるばかりであって、とうとう家族のものでは看護がしきれぬというので、ニューヨークから看護婦を雇うことにした。看護婦はコーラ・ワードといって頗《すこぶ》る美人であったが、いつの間にかハリーに心を寄せ、ハリーも満更《まんざら》厭でない様子であった。しかしこの様子を見たエドナは、急に本来の険悪な性質を発揮して、はげしい喧嘩こそしなかったが、非常に看護婦をうらんで、早く解雇してくれとハリーに迫った。
 家政婦のホーキンスはエドナが来てから、食事に関する仕事はエドナに奪われ、掃除だとか、洗濯だとか、卑しい仕事ばかりさせられるようになったので、自然エドナを快く思わなくなった。
 ソムマース家に、こうした不快な空気が漂っていたある日の午後、エドナは夕食の支度のために牛乳を搾《しぼ》りに牛小舎へ行き、家に帰ってその牛乳を、竈《かまど》の上にかけてあったフライ鍋の中へ入れた。彼女はそれで、肉へかける汁を作るつもりであったが、何思ったかそれを中止して再びその牛乳を鑵の中へあけ戻し、冷すために皿場へ置いた。
 その夕方、病人は発熱して、頻《しき》りに渇《かつ》を訴えたので、看護婦が牛乳を取りに台所へ行くと、都合よく皿場の上に牛乳の入った鑵があったので、そのまま病室へ持って行って、病人にのませた。ところが、牛乳を鑵からあけてしまうと、彼女は、ふと鑵の底に、緑色をした残渣《ざんさ》のあるに気附いた。彼女はびっくりして、もしや、それがパリス・グリーン Paris Green(植物の害虫を除くための砒素含有の粉末)ではないかと思い、ハリーとエドナの居た室に来て、それを見せ、パリス・グリーンではないかと訊ねた。ハリーは、そうらしいと言ったがエドナは黙っていた。
 看護婦の頼みによって早速、かかりつけの医師が呼ばれたが、医師もその緑色のものを見て、パリス・グリーンであろうと言った。果して、それから間もなく、病人の容体は急に悪くなり、遂に夜明け方に死んだが、医師は砒素中毒による死亡であると診断した。
「こういう事情ですから、警察から、検屍官が派遣されることになりました」と、ブライアン氏は言った。「そして、間もなく、その地方の開業医で、警察医を兼ねていたスチューワートという人が死体解剖を命ぜられました。解剖の結果、死体の胃の内容物に、多量の砒素化合物があるとわかったので、事件は裁判所に廻され、予審判事が出張して、ソムマース家を委《くわ》しく取調べることになりました」
 予審判事の一行は、家人を一々訊問し、家の隅々を捜索した結果、牛小舎の装具置場の高い棚に、パリス・グリーンの入ったボール箱を見つけた。その箱は破りあけられて、内容が少しばかり取り出され、粉末の一部分は地面へこぼれていた。しかもその箱のあけられたのは、つい近頃であるとわかった。その時分はもう収穫時もとくの昔に過ぎ、春以来、パリス・グリーンを使用する必要はなくなっていた。それ故、使用された粉末は、当然牛乳罐の中へ入れられたものに違いないと結論された。
 附近に住む小作共は、もとよりパリス・グリーンが、牛小舎にあることを知っている訳もなく、また牛小舎へ自由に出入りすることを許されてもいなかったから、嫌疑は当然家内のものにかかった。しかし家内のもののうち、何人《なんぴと》が殺人を敢て行う程の強い動機を持っているであろうか? 幸に毒の入れてあったボール箱の上には塵埃が溜っていて、指紋がはっきり附いていたから、直ちに写真に撮影され、それと家内の人々の指紋をとって比較して見ることになった。ところが意外にも、若夫婦の指紋と、看護婦の指紋との都合三種がボール箱についていたのである。しかし、三人が共謀して行ったこととは考えられぬから、三人のうちの誰かに違いないと推定して、三人にはボール箱の指紋のことを告げないで、別々に色々訊問して見たが、少しも要領を得なかった。
 故人は徳の高い人であったから、人々は切に哀悼の意を表し、その忌わしい事情は、附近一帯の噂の種となり、人々は勝手に色々の説を建てた。若夫婦の結婚の際に於ける若夫婦と父親との衝突、看護婦とハリーとエドナの三角関係などからして、色々な解釈が試みられた。あるものはハリーが結婚以来父親を恨んでいたから、そ
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