の為に父を毒殺したのであろうと想像し、あるものは故人が金持ちであったから、看護婦が後継者の嫁になるために、老人を殺してエドナに嫌疑をかけるよう仕組んだ行為であると想像し、またあるものは、エドナがかねて舅《しゅうと》を恨んでいたがためだと想像した。が、予審裁判の結果、ミルトン・ソムマースは砒素剤によって毒殺され、犯人はエドナであると決定されたのである。
世評はエドナに取って極めて不利益であった。人々は彼女が虚栄心を満すために、早く老人を亡きものにして財産を良人のものとしようとして行った仕業であると解釈した。且《かつ》、彼女はそのとき妊娠中であったが、獄中で子を生んでは、生れた子に焼印を捺《お》すようなものであるから、それやこれやで彼女は少なからず煩悶した。
「このソムマース若夫人の弁護士から、私に事件鑑定の依頼があったのです」と、ブライアン氏は語り続けた。「弁護士は、夫人の無罪を信じ、老人の死体の医学的検査に、根本的の誤謬があるにちがいないと見たのです。私も一伍一什《いちぶしじゅう》をきいて、出発点はやはり胃の内容物の化学的検査にあると思いました。もしパリス・グリーンが牛乳に混ぜられてから熱せられたならば、表面に緑色の泡が立たねばなりません。ですから、誰の眼にもつき易いので、そんな危険なことをする者はない筈です。そこに何か捜索上の手落ちがあるだろうと思って、鑑定を引き受け、胃の内容物の再鑑定を願い出て、許可されたら、なお念のために、専門の化学者二人のところへ、別々に分析を依頼するよう、手筈をきめました」
弁護士の要求はきき入れられ、胃の内容物はブライアン氏の手許に届けられた。氏は早速、砒素鏡検出法を始め、その他の方法によって分析に取りかかったが、大量は愚か、砒素の痕跡さえも発見されなかった。
「いや、実に、その時は驚きましたよ」と氏は言葉を強めて言った。「何しろ警察医は多量の砒素が含まれていたと証言したのですからね。又主治医も主治医です。砒素を嚥《の》んでもいないのに、砒素中毒で死んだと診断したのですから。二人の化学者の分析の結果も同様でして、法廷でその証言が述べられると、傍聴人の感情は急転して、夫人に対する同情に変ってしまいました。陪審官はたった二十分間で決議して、ソムマース夫人の無罪を宣告しましたよ」
こうして、医師の誤まった鑑定のため、無辜《むこ》の人が危
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