は、色々な噂をたてましたが、隠居さんは、あまり世間と交際しなかったので、誰もその家の内情を知るものはありませんでした。ところが、今その隠居さんが、急病にかかったからと、召使の老婆が往診を頼みに来ましたので、私は半ば好奇心をもってすぐさま出かけたのであります。
 先方へ行くと、驚いたことに、隠居の老婦人は、奥座敷の坐蒲団《ざぶとん》の上に端然として坐って居ました。けれども、私が一層驚いたのは、隠居さんの風※[#「蚌のつくり」、第3水準1−14−6]《ふうぼう》です。通常老人の年齢を推量することは困難なものですけれど、私は隠居さんが、九十歳以上にはなって居るだろうと直覚しました。といえば、大てい皆さんにも想像がつくだろうと思いますが、頭髪には一本の黒い毛もなく、顔には深い皺が縦横に刻まれて居て、どことなく一種のすご味がただよい、いわば、神々《こうごう》しいようなところがありました。然《しか》し、私にとっては、はじめて見た顔ですけれど、明かに、はげしい憂いの表情が読まれました。
 ――どうなさいました? どこがお悪いのですか。と、挨拶の後《のち》私はたずねました。
 老婦人は無言のままじっと
前へ 次へ
全8ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング