仙波は何となくあわてた様子をして、十二指腸、小腸、大腸、直腸を切り開き、次で、その内容を調べて見ましたがダイヤモンドは姿を見せませんでした。
 二人は暫くの間、互いに顔を見合せました。腹立たしさと絶望とのために、二人の顔は急に蒼ざめました。
「ないんだよ、おい!」と、気の早い仙波は額に青い筋を立てていいました。
「ないはずがあるものか」と、京山は、不審そうな顔をしました。
「だってないじゃないか」
「もっと捜して見い。その大きな肝臓とやらの中にはないのか」
「こんなところへ行くものか」
「それじゃ、箕島が、口の中へふくんでいただろうか」
 そういえば、そうと考えられぬこともないので、仙波は、
「畜生、また奴に一ぱい食わされたのかな。奴め、どこまでも祟りやがる」
 といいながら、あたかも、箕島に復讐するかのように、ナイフをもって、肝臓や脾臓を寸断々々《ずたずた》に切りました。そうして、残った臓器の塊を、あちらこちらにひっくりかえしながら、なおもナイフを突きさすのでした。
「おい、よせよ。無いものは仕方がないじゃあないか。俺はもうあきらめたよ。折角貴様の力でここまでやって来たが、こんどはよっぽど悪運につけこまれたんだ。貴様もあきらめてしめえ」と吐き出すようにいいました。
 妙なものです。始めは京山の方があきらめかねて事を企てたのですに、今は、仙波の方があきらめかねるのでした。そうして依然として、寸断の行為《しぐさ》を続けました。
「いい加減にしないか」と京山は声を強めていいました。
 と、その時仙波は何思ったか、怖ろしいものでも見つけたかのように、そのうちの一つの臓器をじっと見つめていましたが、やがて、手に取り上げて見るなり、
「やッ」と叫びました。「これ、貴様、とんでもないものを持って来たな」と、怖ろしい眼をしていいました。
「何だ?」
「こりゃ貴様、子宮だぞ!」
「え?」
「え? もないもんだ。これ、よく聞け、貴様がもってきたのは女のはらわた[#「はらわた」に傍点]だぞ」
「女?」
「そうよ、男に子宮はない」
「だって」
「だってじゃない。女と男と間違える奴があるか。一目でわかるじゃないか」
「でも、顔と局部には白いきれ[#「きれ」に傍点]があててあった」
「髪があるじゃないか、髪が」
「髪はなかったようだ」
「嘘いえ。それに乳房でもわかるじゃないか」
「それが、乳房も大きくなかったようだ」
「おい、おい」と仙波の声は荒くなりました。
「人を馬鹿にするなよ、人を」
「何を?」と、京山もいささか憤慨しました。
「貴様、助手をだまして、箕島のダイヤモンドをせしめ、俺には別の死骸のはらわた[#「はらわた」に傍点]を持って来たな? 道理でながくかかったと思った」
 身に覚えのないことをいわれて京山の怒りは急に膨脹しました。
「何だと? いわして置けば、きりがない。貴様先刻から、あちら、こちらにいじくりまわしていたが、俺の知らぬ間にダイヤモンドを取り出して、俺がはらわた[#「はらわた」に傍点]の事を知らぬと思って、子宮だなどといって、うまくごまかすのだろう」
 ぱッと仙波は京山にとびつきました。次の瞬間はげしい格闘がはじまり、やがて二発の銃声が起って、二人は死体と化してしまいました。

 翌日の新聞には、「稀有の犯罪」と題してT大学法医学教室の奥田教授の奇禍と鑑定死体の腹部臓器の盗難顛末が報ぜられておりました。それによると、S区B町の尼寺にその前夜強盗がはいって、尼さんの胸を短刀で刺し殺して金員を強奪して行ったのであるが、その尼さんの死体の臓器を二人の男が持って行ったのであって、何の目的であるのか判らないということでした。なお、焼場の死体の臓器を盗む犯罪はよくあるが、法医学教室へ強奪に来るのは稀有の犯罪だと書き加えられてありました。
 これで読者諸君にも、臓器の間違いの理由はわかったことと思いますが、ここに当然起る疑問は、箕島の死体がどうなったかということです。これは翌日の新聞にも出ていなかったのです。というのは、警察は三人組の他の二人をさがす為に、秘密に行動したからでありました。箕島の死体は警察医によってB町の三人の巣窟で解剖され、その結果、当然、胃の中から青色のダイヤモンドが発見されました。そうして宝石は首尾よくN男爵の手にかえりました。
[#地付き](「週刊朝日特別号」昭和二年一月)



底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
   1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「稀有の犯罪」大日本雄弁会
   1927(昭和2)年6月18日初版発行
初出:「週刊朝日 特別号」
   1927(昭和2)年1月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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