であるかと思って、気がぼーっとしました。もしその時、助手が、
「先生!」
 と叫ばなかったなら、或は彼はその盆を床の上に落したかも知れません。
 助手は言葉を続けました。「胸部の解剖はどうしましょうか?」
「どしどしやってくれたまえ。僕はじきかえって来る」
 こういって京山は逃げるようにして、解剖室を出ました。

       五

「重い重い。まったく、くたびれてしまった」と、京山は、大きな新聞紙の包をテーブルの上に投《ほう》り出して、ぐったりと椅子に腰掛けました。
「自業自得だよ。胃腸だけでいいものを、余分のものまでとってくるんだから」と、仙波は、たしなめるようにいいました。でも、二人の顔には、予定どおり事を運んで、首尾よくダイヤモンドを取りかえした満足の表情がうかんでおりました。
「だって、俺は、胃腸という言葉を忘れてうっかり五臓といってしまったんだ」
「馬鹿、五臓といや、胸の臓器もはいるのだよ」
「でも、あの助手は俺の言葉をすっかりのみこんで、とにかく、目的をとげさせてくれたよ。だが、今ごろは教室で大騒ぎをしていることだろう」
「まったくだ。けれど、教授は俺が番をしている間、神
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