そのことを仰《おっ》しゃって下さらなければ困ります。先生がそばにいて下されば、私がすぐ切り出して差上げます」
 この最後の言葉に急に力づけられた京山は、「よし、それでは挨拶に行こう」と助手のあとから、解剖室にはいりました。
 解剖室の中には検事をはじめ、その他の司法官、警察官など数人の人が、鹿爪《しかつめ》らしい顔をして立っていました。京山は何となく気がひける思いをしましたが、折角ここまで事を運んで、やり損なっては何にもならぬと思い、勇を鼓して、かるくみんなに目礼をしました。
 が、中央の解剖台上の死体を見るに及んで顔をそむけずにはおられませぬでした。死体の顔と局部はガーゼで蔽《おお》ってありましたが、胸の創《きず》がまる出しになって、そこから血がにじみ出ていたので、これまで一度も、かようなものを見たことのない京山は、少なからず内心の平衡を失いました。
「この死骸は」と、いきなり京山はいい出しました。その声が少し調子外れでありましたから、みんなは一斉に教授の顔を正視しました。すると教授は一層興奮してしまいました。「腹の中にダイ……いや大事な……証拠をもっていると思いますので、先ず腹の中
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