室で、盗んで来たダイヤモンドを中央のテーブルの上に置き、それを取り囲んで、うっとりと見つめながら思うままに賞翫している場面から述べはじめるのであります。いつも三人は、緑色のシェードをもった卓上電燈の光りで、宝石の魅力ある光をながめるのですが、今は丁度午前二時で、三人は一時間ほど前に、男爵邸でかなりに心身を疲労したせいか、青色の光の前で、まるで催眠術にでもかけられているように、ぼんやりした表情をしつつ、長い間、無言の行をつづけました。三人とも煙草がきらいなので、はたから見ると、頗《すこぶ》る手持無沙汰に見えますけれど本人たちはそれ程に思わないのでしょう。テーブルの上にのせた手を組んで、前かがみに椅子に腰かけ、宝石の光に刺戟されて、色々の追想にふけるのでした。秋の夜の戸外は至って寂しく、お寺の多い町の静けさは、人々に一種の鬼気を感ぜしめないではおきません。
「美しい!」と、箕島が小声でいいました。
「すごい!」と、仙波がいいました。
「素敵だ!」と、京山がいいました。
 それから、再び沈黙が続きました。
 凡そ三十分程鑑賞の沈黙が続いたとき、聴覚の最もよく発達した箕島は戸外にある一種の異様な物音をききました。もし三人の聴覚が同じ程度の鋭敏さであったならばこれから述べるような悲劇は起らなかったであろうに、仙波と京山の二人は、年は箕島と同じく三十五六歳でありながら、耳の発達が普通で、その時何の音をも聞かなかったのであります。
 だから箕島が、青色のダイヤモンドの方へ、フッと手をのばして、瞬く間に、口の中へ入れてぐっと嚥《の》みこんだ時には、箕島が戸外の物音を警察の追跡と直覚し、危険を恐れてダイヤモンドを体内にかくしたのだとは思わず、反対に箕島がそのダイヤモンドを独占しようとしたのだと誤解したのであります。
 仙波と京山とは、同時に箕島におどりかかりました。その時箕島が、その理由を説明すればよかったであろうに、箕島は三人の生命を完《まっと》うしなければならぬという方に気をとられ、いきなり卓上電燈のスイッチをひねって灯を消しました。ところが、この行為は、他の二人の疑惑を一層深めました。
「しッ!」といって箕島は、二人の注意を促そうとしましたが、もはや駄目でした。次の瞬間、椅子のたおれる音、テーブルの転がる音、卓上電燈の割れる音が聞えました。いうまでもなく、はげしい暗中の格闘がは
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