房も大きくなかったようだ」
「おい、おい」と仙波の声は荒くなりました。
「人を馬鹿にするなよ、人を」
「何を?」と、京山もいささか憤慨しました。
「貴様、助手をだまして、箕島のダイヤモンドをせしめ、俺には別の死骸のはらわた[#「はらわた」に傍点]を持って来たな? 道理でながくかかったと思った」
 身に覚えのないことをいわれて京山の怒りは急に膨脹しました。
「何だと? いわして置けば、きりがない。貴様先刻から、あちら、こちらにいじくりまわしていたが、俺の知らぬ間にダイヤモンドを取り出して、俺がはらわた[#「はらわた」に傍点]の事を知らぬと思って、子宮だなどといって、うまくごまかすのだろう」
 ぱッと仙波は京山にとびつきました。次の瞬間はげしい格闘がはじまり、やがて二発の銃声が起って、二人は死体と化してしまいました。

 翌日の新聞には、「稀有の犯罪」と題してT大学法医学教室の奥田教授の奇禍と鑑定死体の腹部臓器の盗難顛末が報ぜられておりました。それによると、S区B町の尼寺にその前夜強盗がはいって、尼さんの胸を短刀で刺し殺して金員を強奪して行ったのであるが、その尼さんの死体の臓器を二人の男が持って行ったのであって、何の目的であるのか判らないということでした。なお、焼場の死体の臓器を盗む犯罪はよくあるが、法医学教室へ強奪に来るのは稀有の犯罪だと書き加えられてありました。
 これで読者諸君にも、臓器の間違いの理由はわかったことと思いますが、ここに当然起る疑問は、箕島の死体がどうなったかということです。これは翌日の新聞にも出ていなかったのです。というのは、警察は三人組の他の二人をさがす為に、秘密に行動したからでありました。箕島の死体は警察医によってB町の三人の巣窟で解剖され、その結果、当然、胃の中から青色のダイヤモンドが発見されました。そうして宝石は首尾よくN男爵の手にかえりました。
[#地付き](「週刊朝日特別号」昭和二年一月)



底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
   1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「稀有の犯罪」大日本雄弁会
   1927(昭和2)年6月18日初版発行
初出:「週刊朝日 特別号」
   1927(昭和2)年1月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山
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