めに来たのでしょうか。それとも他に目的があったのでしょうか。この点は非常にデリケートな問題です。母は保一くんが女と手を切らぬ間は決して家へ入れないとがんばっていました。保一くんは売薬店を開いていて、辛うじて生活していけるかいけぬの程度でありまして、ときどき兄の健吉くんに無心を言ったらしいですが、最近はかなりに困っていた様子です。そこへ妹さんから、母の病気と兄の行動について詳しい通知があったのです。俗に、“背に腹は代えられぬ”という言葉がありますが、保一くんが令嬢の手紙を読んだとき、そうした心にならなかったとだれが保証し得ましょう。すなわち母を亡きものにし、兄に毒殺の嫌疑をかけられれば保一くんは当然奥田家の財産を貰《もら》って、大手を振って歩くことができます。保一くんは幼時より不良性を帯びていました。そうして、最近は母を恨むべき境遇に置かれていました。兄とは義理の仲である。いや、たとい肉親の兄であっても、背に腹は代えられぬ。これはひとつこのまたとない機会を利用して、危険ではあるが一芝居打ってみようと考えつかなかったとはだれが保証し得ましょう。不良性を帯びた人は、悪を行う知恵は鋭敏に働くも
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