ばたばたと扇を使い、ぱちりとすぼめて言葉を続けた。
「健吉くんを取り調べましたところが、母に亜砒酸を与えた覚えは断じてないと申しました。もとよりそれは当然のことで、健吉くんがすぐ白状してしまったら、事件はすこぶる簡単で、こうしてあなたにまでこの暑さの中を来ていただく必要もないはずです。そこでわたしたちは、まず順序として、健吉くんがはたして未亡人に毒を与えたかどうかを検《しら》ベねばならぬことになりました。
さて、殺人についてわたしたちの第一に考えることは殺人の動機であります。そうして、健吉くんの場合について考えてみますに、健吉くんには母親を亡きものにしたいという心の発生を充分に認め得る事情がありました。健吉くんが未亡人と生《な》さぬ仲であること、熱烈に恋する女との結婚をきっぱり拒絶されたということは、立派に殺人の動機とすることができます。令嬢の話によると、母に拒絶されたのちはまるで別人のようになり、発狂でもしはすまいかと思われたというほど心に強い打撃を受けたのですから、これまでいたって親孝行であった健吉くんでも精神に多少の異常を来せば、恐ろしい計画を抱いたとしてもあながち奇怪ではあり
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