イプライターを持っている役所を歴訪して、rとaの字の特徴を検《しら》べることにしたがそれは決して容易なことでなかった。諸官省に公に照介して返事を取れば、最も手早く捜査が進む訳ではあるが、そうすれば、同時に犯人に警告を与えることになるから已《や》むを得ず探偵は、秘密裡に根気よく活動することにきめたのである。
一方に於て警察はまた別の方面から、捜査の歩を進めた。それは即ち犯罪の動機に関係したものである。ウォーカーを殺そうとするのは、ウォーカーに恨みをいだいたものでなくてはならない。ウォーカーは良家の子女を誘悪し堕落せしめたのであるからその女たちの父兄が復讐的にそうした行為に出たのかもしれない。或はまた、女に振られた男が失望のあまり仕出来《しでか》したことであるかもしれない。よって警察はウォーカーの家に出入した男女の取調べにかかったのである。
タイプライターの捜索も待合に出入した男女の調査も何一つ犯罪の手がかりを齎《もた》らさなかった矢先、紐育裁判所の判事ロザルスキー氏の許《もと》へ、突如として第二の恐ろしい贈物が届いたのである。
二
判事ロザルスキーは名判官の評判を取った人であった。常習性犯罪者に対して、彼はいつも思い切って苛酷な判決を与えたから、盗賊たちは彼を非常に怖れ且《かつ》憎んでいた。丁度その頃イタリア人から成る「黒手組」の裁判が行われて、新聞紙を賑《にぎ》わしていた時であって、彼の許へは一日何通となく脅迫状が舞い込んだのであった。それらの脅迫状はいずれも、拙《まず》い文章で書かれてあったが、文章の構造から、差出人はイタリア人であることが、想像された。そして中には、「用心せよ、爆烈弾を見舞うぞ」というような文句の書かれたものさえあった。それにも拘わらず彼は、「黒手組」に対して重刑を申渡した。
ある晩、彼が裁判所から、リヴァーサイド・ドライヴの自宅に帰ると、留守中に一個の小包が届いていた。それは菓子箱か、葉巻煙草の箱かと思われる位の大さで、白い紙で包まれ紅い紐がかけてあったから、彼は何気なしにそれを開いて見ようと思って、取りあげたが、意外に重かったので、これはと思って下に置くと同時に、先日来の脅迫状のことを聯想したのである。
直ちに警察に電話をかけて委細を告げると、探偵エガンは時を移さず駈けつけた。このエガンという探偵は今まで爆発物を度々取り扱って来たが、一度も怪我をしたことがなかったので、いかにも自信ありげに、その小包を手に取って、先ずその紐を解き包紙を除くと、中から菓子箱が出て来た。しかし重さが菓子に似合わないので、彼は極めて注意深く、徐々に蓋をあけかけた。
彼が僅かに一分か一分五厘あけた時、ドーンという音がして、エガンは壁の方に突き飛ばされ、判事は地面に腹這いになった。が、幸にしてエガンが右手をもぎ取られただけで、二人とも生命《いのち》には別条なかった。散弾は四方に飛んで、硝子やその他の家具を破壊した。このことあって以来、エガンは手に繃帯したまま出勤していたが、精神的に打撃を受けたためか、まるで別人のようになり、程なく勤務中に頓死した。
判事ロザルスキーに贈られた小包は、ウォーカーに贈られたものと全く同じであった。銅線も、瓦斯管も寸分ちがわないばかりか、紙の上に書かれたタイプライターの文字にも前に書いた特徴が立派にあらわれていたから、犯人は正しく同一人であると推定された。
しかしながら警察はそれ以上の手がかりを掴むことが出来なかった。ブレスナン探偵はそれ迄に、エリオット・フィッシャー会社製のタイプライター二百個を調べ上げたが、求むる機械に出逢わなかった。まだあとに調ぶべき百五十個が残されてあって、その中に犯人の使用したのがある筈である。けれどその取調べは、一朝一夕の仕事ではなかった。
一方、ウォーカーの家に出入りした男女の捜索も何等の光明を齎《もた》らさなかった。第二の犯罪によって捜索の範囲をイタリア人たちの方へ拡げねばならなくなったが、果してそれがイタリアの犯罪者の仕業であろうか。もしそうとすれば犯人はウォーカーとどういう関係があるであろうか。ウォーカーの家に出入したものの中に、イタリア人はなかった。ここに至って警察は二|進《ち》も三|進《ち》もできぬ破目に陥ってしまったのである。或は誰かの単なる悪戯かも知れないが、悪戯としても、ウォーカーや判事が特に選ばれたのはどういう訳であろうか。
この第二回の犯罪は紐育全市を騒がせた。新聞は一斉に警察の無能を攻撃した。ある新聞はエドガー・アラン・ポオの探偵小説「マリー・ロージェー事件」を引用して、ポオのような推理の力の発達した人間はもう出ないのかと慨歎した。しかし警察では、何といわれても、どうすることも出来なかった。実際の探偵は推理の力ばか
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