ないうちは死んでも死に切れません…………」
 松島氏は黙って点頭《うなず》いた。
「あなたにはもう犯人の見当がつきましたか?」
 松島氏は軽く頭を横にふった。
「いや、きっと、見当がついている筈です」と、総監は目を輝かせた。室内は静まり返って、暖炉の上に置かれた金盥《かなだらい》の水が軽く音を立てて湯気を発散していた。
「いえ、全く見当がつきません」
「しかし、あなたのような鋭い頭脳《あたま》の人が、今日まで手を束《つか》ねて見ている筈はありません」
「ところが、私は、この事件を引受けた当初からとても犯人逮捕はむずかしかろうと思いました」
「すると、犯人の目星がついていても、犯人の逮捕だけが出来ぬというのですか?」
「犯人の目星さえつかぬのです」
 総監は、湿《うるお》った眼をもって暫らく松島氏の顔をながめた。
「あなたは隠しております」と、総監は声を搾《しぼ》り出すようにして言った。
「決して隠してはおりません」
 総監は暫らくの間苦しい呼吸を続けた。雪がガラス窓を打つ音が聞え出した。
「でも、あなたはこの事件に大きな手ぬかりがあると言ったではありませんか」と、総監は穴のあく程松島氏
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