ませんでしたが、その額の中には、浮世絵によく見る藍摺《あいずり》の鬼の絵が入れてありまして、場合が場合とて、その青い色をした鬼の顔が、一そう物凄く見えました。
「あの鬼の絵は、もと、私の実家《さと》に秘蔵されて居たもので、御覧のとおり北斎《ほくさい》の筆で御座います。私の結婚の際、いわば厄除けのまじないに貰って来たのでありますが、それが今は皮肉にも逆の目的に使用されて居るので御座います。先生、私はあの藍摺の鬼の絵を、私の復讐のために用いようと思いました。かつて、私は、ギリシアの昔、ある国の王妃が、妊娠中、おのが部屋にかけてあった黒人の肖像画を朝夕見て居たら、ついに黒い皮膚の王子を生んだという話を何かの本で読んだことがありました。先生、私は、この現象を私の復讐に応用しようと思ったので御座います。この藍色の鬼の絵を壁にかけて朝夕ながめて居たならば、きっと生れる子は、鬼のような怖ろしい顔をして居るか、或は少くとも、藍色の皮膚をした子が生れるだろうと思うので御座います。女の一念ですもの、私はきっと怖ろしい形相をした子を生むことが出来ると信じて、朝眼をさましてから、夜分眠るまで、眺めどおしにして
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