たい》を切りはなしたまま、赤ん坊を、夫人の両脚の間に横わらせて置きましたから、私は、産婆に産湯の用意を命じ、看護婦を本邸に走らせてT氏に異変を告げさせました。そうして私は、規則として、赤ん坊の眼病を防ぐために、硝酸銀の溶液を滴らすべく、はじめて赤ん坊の右の眼瞼《まぶた》をあけたのであります。
 その時、私はあっ[#「あっ」に傍点]と叫んで思わず手を引きました。
 皆さん、生れた女の子の眼が、実に、藍色をして居たのであります。
 私は思わず北斎の絵を見上げました。
 あの藍色の印象が、果して、赤ん坊の眼の色に影響したのであろうか?
 然し、
 然し、
 私は、次の瞬間、そうした、いわば、超自然的な理由を考えるよりも、もっと常識的な、もっと現実的な理由を考えて、ぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]としたのであります。
 夫人はまさしく良人に復讐することが出来たのではないか?
 夫人は、むしろ初めから、このことを予期して居たのではあるまいか? そうして、なお、念のために超自然的なことを、希《こいねが》ったのではあるまいか?
 こう考えて、夫人の死顔を眺めると、気のせいか、唇のまわりに、狡猾《こうかつ》な笑いの影が漂《ただよ》って居るように見えました。
[#地付き](一九二六年六月)



底本:「「新青年」傑作選 幻の探偵雑誌10」光文社文庫、光文社
   2002(平成14)年2月20日初版1刷発行
初出:「新青年」博文館
   1926(大正15)年6月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:noriko saito
2009年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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