その母親は臨終《りんじゅう》のときに苦しい息の中から、世にも恐しい秘密を告げたそうです――わしは実はお前の母ではない。お前の母はわしの娘だから、わしはお前の祖母《ばば》だ。お前のお父さんはお前がお母さんの腹に居るときに殺され、お前のお母さんは、お前を生んで百日過ぎに殺されたのだよ――と、こう言ったのだそうです。子供心にも彼女はぎくりとして、両親は誰に殺されたかときくと、祖母はただ唇を二三度動かしただけで、誰とも言わず、そのまま息を引き取ったそうです。
 その時から彼女は、両親を殺した犯人を捜し出して、復讐しようと決心したのだそうですが、自分の生れた所さえ知らず本名さえも知らぬのですから、犯人の知れよう筈はありません。そうなると、自然、世の中のありとあらゆる人が、仇敵《かたき》のように思われ、殊に祖母と別れてから数年間、世の荒浪にもまれて、散々苦労をしたので、遂《つい》には、世を呪う心が抑えきれぬようになったのだそうです。彼女が自ら選んで苦界へ身を沈めたのは、世の中の男子を手玉にとって、思う存分もてあそび復讐心を多少なりとも満足せしめ、以《もっ》て両親の霊を慰めるためだったそうです。いや、全く妙な供養法もあったもんです。
 この身の上話をきいた私は、すぐ様、彼女の両親を殺した犯人を捜し出そうと決心しました。彼女がかわいそうだからというよりも、むしろ探偵的興味を感じた結果なんです。然《しか》し、どんな名探偵でも、こういう事情のもとにある彼女の両親の仇《あだ》を見出すことは困難ですが、私は彼女から伝えきいた祖母の臨終の言葉に、解決の緒《いとぐち》を見出し得《う》るように感じたので、「お前のお父さんはお前がお母さんの腹に居るときに殺され、お前のお母さんは、お前を生んで百日過ぎに殺されたのだよ」と口の中でつぶやきながら、私は寝食を忘れて、といってもよいくらい、ことに百日という言葉を一生懸命に幾日も考えたんです。
 彼女が姓名も出生《しゅっしょう》地も知らぬということは、彼女たちが、事情あって、郷里を離れねばならなかったのだろうと考えることが出来ます。又、祖母が死ぬ迄、両親の殺されたことを彼女に告げなかったのにも深い理由があったにちがいありません。なお又臨終の際に、彼女に問われて、犯人の名を答え得なかったのも、祖母が、答えることを欲しなかったと解釈出来ぬことはありません。これ等
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