眼にずぶりと突刺して、徐々に注射しました。さすがに思う存分の痛みを味うことが出来ましたよ。
 旦那、旦那は、黒い焔《ほのお》というものを想像なさったことがありますか。モルヒネが左の眼に注射されて行くとき、私には何となく黒い焔といった感じがしましたよ。そうして、それきり私の左の眼は見えなくなってつぶれてしまいました。
 ふと、気がついて見ると、旦那、その日をいつだとお思いになります? 奴が死んだ日から、ちょうど四十九日目でしたよ。
 その翌日からは、不思議にも、モルヒネがほしくなくなりました。その代り、私は生れもつかぬ盲人《めくら》になりました。
 ですから旦那、モルヒネ中毒は、眼をつぶせばなおると私は今でも思って居るのです……」
 じっと聞いて居た彼は全身にはげしい寒さを感じた。按摩の話し終ると同時に揉み終ったが、彼はもはや巻煙草をふかす勇気もなく、按摩の顔を見るのが恐しかったので、黙って紙入の中から一円札を取り出して、按摩の手に握らせた。
 老按摩はそれをすなおに受取って懐にしまい、立ちぎわに、又もや狡猾《ずる》そうな笑いを浮べて言った。
「えへへ、旦那、怒っちゃいけませんよ。今の話
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