立って見ると、決して患者を苦しませてはならぬと思うものですから、一層しばしば安死術を行うことになりました。しかし、私自身の家族のものにも、安死術を行うことは絶対に秘密にしておりましたので、何の支障もなく、凡《およ》そ九年ばかり無事に暮して来ましたが、とうとうある日、ある事件のために、安死術を行うべきであるという私の主義が破られたばかりか、医業すらも廃《や》めてしまうようなことになりました。何? 私の安死術が発見された為にですって? いいえ、そうではありません。まあ、しまいまで、ゆっくり聞いて下さい。
 その事件を述べる前に、一応、私の家族について申し上げなければなりません。郷里で開業すると同時に私は同じ村の遠縁に当る家から妻を迎え、翌年|義夫《よしお》という男児を挙げましたが、不幸にして妻は、義夫を生んでから一年ほど後に、腸|窒扶斯《チブス》に罹《かか》って死にました。え? その時にも安死術を行ったのですって? いいえ、腸窒扶斯の重いのでして、意識が溷濁《こんだく》しておりましたから妻は何の苦痛もなく死んで行きました。妻の死後、母が代って義夫を育ててくれましたので、私は後妻を迎えないで
前へ 次へ
全16ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング