て、ことに医師たるものが、甚深の注意を払わねばならぬのは、当然のことであります。元来、医術は病苦即ち病気の時の苦痛を除くのが、その目的の一つでありますから、安死術はすべからく、医師によって研究せられ、実施さるべきものである。と私は考えたのであります。
 けれども、内科教室に厄介になっている間、私は一度も安死術を施そうとはしませんでした。法律にそむく行為を敢てして、もし見つかった場合に、私一人ならばとにかく、B先生はじめ、教室全体に迷惑をかけては相済まんと思ったからであります。それ故、不本意ながらも、他の人々の行うとおりに、心を鬼にしながら、多くの患者に無意味な苦痛を与えたのであります。そうして、かようなことが度重なるにつれ、一日も早く都会を去って、自分の良心の命ずるままに、自由に活動の出来る身になりたいものだと思うようになりました。ことに郷里には、母が一人、私の帰るのを寂しく待っていてくれましたので、二年と定《き》めた月日が随分待遠しく感ぜられました。
 いよいよ、郷里の山奥に帰って開業するなり、私は多くの患者に向って、ひそかに安死術を試みました。殆どすべての場合に私はモルヒネの大量を
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