ようにいわば無意識的に試みて、患者の苦痛などを問題にしないのが、現今の医師の通弊なのであります。しかし、これは医師が悪いのではなく、むしろ法律が悪いといった方が至当であるかも知れません。こういうと、中には、カンフル注射を試みて奇蹟的に恢復する例もあるから、絶望だと思ってもカンフル注射を試みるのが医師たるものの義務ではないかと反対せらるる方があるかも知れません。しかしながら、それは病気によります。急性肺炎などの場合にはカンフルが奇蹟的に奏効することがありますが、悪性腫瘍にはその種の奇蹟は起りません。しかも悪性腫瘍に限って、苦痛は甚烈なのであります。で、真実にその苦痛を察したならば、到底、不関焉《かんせずえん》の態度を取り得ない筈であります。欧米各国では、医学上の研究に用いられる実験動物が無暗《むやみ》に苦痛を受けるのは見るに忍びないというので、所謂《いわゆる》生体解剖反対運動が盛んに行われているぐらいでありまして、ことに英国では、事情の許す限り、動物に施す手術は、麻酔状態で行わねばならぬことになっているそうですが、動物の苦痛ですらこのように問題になるくらいですから、いわんや人間の苦痛に就
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