しの顔を眺めておりましたが、
「先生、本当のことをおっしゃってください」
 と、窪《くぼ》んだ目を据えて申しました。
「本当です。妊娠ではありません」
 わたしはこう答えながらも、もし彼女が妊娠であってくれたなら、どんなにか心が楽だろうと思わずにはおられませんでした。そうして、わたしはその時彼女に肝臓硬変症だと告げる勇気がどうしても出ませんでした。わたしが内心大いに煩悶《はんもん》しているところを見て、やがて彼女は言いました。
「先生、どうかよくわたしのお腹を眺めてください。先生には、わたしのお腹の中に宿っている恐ろしい怪物の頭が見えないのでございますか」
「え?」
 と、わたしは全身に冷水を浴びせかけられたような気がして問い返しました。彼女は“メデューサの首”に気がついているのだ。こう思うと、わたしはなんだか痛いところへ触れられたような思いになりました。
「先生」
 と、彼女は診察用ベッドに相も変わらず仰向《あおむ》きになったまま、わたしの顔を孔《あな》の空くほど見つめて申しました。
「わたしのお腹の中にはたしかに恐ろしい怪物が宿っております。先生は、ギリシャ神話の中に出てくるメデュ
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