ーサの首の話をご承知でしょう。わたしのお腹の中にはメデューサの首が宿っているのですね。先生、よくご覧なすってください。メデューサの髪の毛の蛇が、わたしの皮膚の下でうねうね動いているのが見えましょう。どうです、動いているではありませんか」
わたしはこれを聞いて、とんでもない患者が訪ねてきたことを悲しみました。彼女はたしかに発狂しているのだ。病気の苦しさのために精神に異常を来したのだ。と、考えながらも、彼女の言葉に少しも発狂者らしいところがないのを不審に思いました。恐らくヒステリーの強いのであろう。そうして、お腹の皮下の血管の有様と、お腹の大きくなったのを見て、メデューサの首を妊娠したものと思い込んだのであろうと考えました。しかし、彼女がメデューサの首だと認めているのは、彼女が肝臓硬変症であることを説明するに都合よく、なおまた彼女の妄想を打ち消すにも役立つから、いっそこの場で彼女の病気の真相を告げたほうが、メデューサの首を妊娠したなどという妄想に悩むよりも幸福であろうと思って、わたしは肝臓硬変症によって起こる症状を詳しく説明して聞かせました。
ところが、わたしのこの説明はわたしの予期したのとまったく正反対の結果をもたらしました。すなわち彼女は、わたしの言葉を聞くなり、
「そーれご覧なさい。先生にも、わたしのお腹に宿っているのがメデューサの首であることがわかっているではありませんか。わたしがメデューサの首を孕《はら》んでいるということをわたしに言いたくないので、勝手にそんな病気の名前を拵《こしら》えて、わたしをごまかそうとなさるのでしょう。どうか先生、本当のことをおっしゃってください」
彼女はまったく真面目でした。わたしはむしろ呆《あき》れるよりも気の毒になってきました。いったい、どうして彼女はそうした頑固な妄想を得たのであろうか。素人として自分の腹壁の血管を見ただけで、はたしてメデューサの首だと連想し得るものであろうか。いやいや、これには必ず何か深い理由《わけ》があるに違いない。彼女のこの妄想を除くには、まずその原因を知らねばならない。こう考えてわたしは、
「いったい、あなたはなぜメデューサの首を妊娠したのだと信ずるのですか。人間がそんな怪物を孕むということは絶対にあり得ないではありませぬか」
と訊ねました。
これを聞くと彼女は悲しそうな表情をしました。
「あ
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