ビューン紙の記事を一つもその物語の中に引用していないのであるから、ポオが当時の新聞記事として引用したものが、果して本当のものかどうかということさえ確かめることが出来ぬのである。が、それはとにかく、先ず、私はピアスの著によって、この事件に就《つい》て知られたる事実を述べようと思う。
メリー・セシリア・ロオジャースは、その当時ニューヨークの下町に出入する男で知らぬものはないといってよい程であった。彼女は一八四〇年、ブロードウエーはトーマス街《ストリート》近くのアンダアスン(小説ではル・ブラン君)という人の煙草店に売子として雇われたのであるが、その美貌のために店は大繁昌を来《きた》し、当時二十歳の彼女は、Pretty cigar girl と綽名《あだな》されて後にはニューヨーク中の評判となった。彼女の母はナッソー街に下宿屋を営んでオフィス通いの人たちに賄付《まかないつ》きで間貸しをしていたのである。
一八四一年の夏もまだ浅い頃、ある日彼女は突然店を休んで約一週間ほど姿をあらわさなかった。この事はただちに人々の話題となり、彼女が丈《せい》の高い立派な服装《なり》をした色の浅黒い男と一緒に
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