見されたが、その中に髭を剃り服装をかえて探偵の眼をくらませるがよいという忠告が書かれてあった。訊問の際彼は、細君殴打の廉《かど》で逮捕されたときいて「それだけですか」と言い、なお七月二十五日、何処に居たかと問われて、始めはホボーケンへ行ったといい、後にはステーツン・アイランドへ行ったと言った。
 このモースという男は小柄ながっしりした体格をして黒い頬鬚を生《はや》し、さっぱりした服装をしていたが、性質は善良とはいえない方で、博奕《ばくち》が非常に好きであった。度々煙草店を訪問してメリーとも知り合の仲であったし、問題の日にメリーと一しょに歩いていたという証拠が挙げられたし、その夜家に居なかったし、翌日トランクを自宅からオフィスへひそかに運んで、仮名でニューヨークを逃げだし、その上に前記の手紙が発見されたというのであるから、彼が犯人嫌疑者と考えられたのは無理もなかった。
 けれども、これは、やはりとんでもない誤謬であった。モースがその日若い女とステーツン・アイランドへ行ったことは事実であるが、その女はメリーではなく、メリーに似た女に他ならなかったのである。で、トリビューン紙は、この事を記し
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