其夜から直ぐ堺枯川と共に翻訳に取掛つて、木曜日までに了つて日曜日発行に間に合さうといふことになつた、即ち全篇を幾段にも切り分けて、第一段を予が訳する間に、枯川が第二段に取掛り、枯川が第二段を了らぬ間に第三段を始めて居るといふ風に、順次出来次第に印刷所に送つた、斯くて予も枯川も未だ全文を通読しないで、中間を抜ては其先きを訳するのは、随分無鉄砲な方法であつた、而も三日間、殆と徹夜した為めに其疲労は甚しかつた、此論文を朝日新聞では杉村君が十数日に亘つて連載し、加藤直士君は一両月の後、一部の書として発行したが、予等の翻訳が一番拙かつたやうだ、予は此時熟々翻訳の難事なると、推敲の必要なることを思つた。
予は其後、又堺君と共に『共産党宣言』を訳した、是はマルクス名著傑作であつた、議論文章堂々として当る可らざる者があるが、扨て訳して見ると我ながら其佶屈贅牙なのに恥入つた、此の失敗は、斯る世界のクラシツクとあつて、社会問題、経済問題研究者のオーソリーチーとする歴史的文章は、成可く厳密に訳さねばならぬといふ考へで、非常に字句に拘泥したのと、荘重の趣を保ちたい為めに多くの漢文調を混じた故である、昨年『総
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