物を噛砕いて其子に食せるやうなもので、美味は母親の舌に残つて、子は糟粕ばかり食ふことになると嘆じたことがある。
文勢筆致に注意しない人の翻訳は、文章晦渋にして殆と読むに堪へぬ、読で面白くないばかりでなく、実際其意義を解することすら出来ぬ恐れがある。文芸家とか小説家とかの翻訳にはマサかに左程なのはないが、科学者のには、博士学士の名を冠するのにも、往々文章にも何にもならぬのがある、是等は独り読者の迷惑のみならず、原著者に対しても実に不都合の極である。然るに之と反対で、文章は頗る流麗巧妙に出来てるが其癖全く意義を取違へて居る、若くは意義を解し得ない処をば、ドシドシ省略し、或は勝手に改作して前後を繋ぎ合せて置き、原書と照し合さねば、少しも省略改作の痕跡が分らぬ程に、其文才で瞞化すのがある、是れは文芸家の中にも尠なくないといふことだ、翻訳は反逆なりといふ西人の言葉があるが、文章の晦渋なもの、原意を勝手に改作するのも、全く原著者に対する反逆と言ても良い。
兆民先生は曾て、ユーゴーなどの警句を日本語に訳出して其文勢筆致を其儘に顕はさうとすれば、ユーゴー以上の筆力がなくてはならぬ、総て完全な翻訳は
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