に老衰して死ぬのでなくして、病疾其他の原因から夭折し、当然享くべく味うべき生を、享け得ず味わい得ざるを恐るるのである、(第二)来世の迷信から其妻子・眷属に別れて独り死出の山、三途の川を漂泊《さまよ》い行く心細さを恐るるのもある、(第三)現世の歓楽・功名・権勢、扨《さて》は財産を打棄てねばならぬ残り惜しさの妄執に由るのもある、(第四)其計画し若くば着手せし事業を完成せず、中道にして廃するのを遺憾とするのもある、(第五)子孫の計未だ成らず、美田未だ買い得ないで、其行末を憂慮する愛着に出るのもあろう、(第六)或は単に臨終の苦痛を想像して戦慄するのもあるかも知れぬ。
一々に数え来れば其種類は限りもないが、要するに死其者の恐怖すべきではなくて、多くは其個個が有せる迷信・貪欲・愚癡・妄執・愛着の念を払い得難き性質・境遇等に原因するのである、故に見よ、彼等の境遇や性質が若し一たび改変せられて、此等の事情から解脱するか、或は此等の事情を圧倒するに足るべき他の有力なる事情が出来する時には、死は何でもなくなるのである。啻《た》だに死を恐怖しないのみでなく、或は恋の為めに、或は名の為めに、或は仁義の為めに
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