寿を全くすることが、必しも幸福でなく、必しも価値ある者でないとせば、吾等は病死其他の不自然の死を甘受するの外はなく、また甘受するのが良いではない歟、唯だ吾等は如何なる時、如何なる死でもあれ、自己が満足を感じ、幸福を感じて死にたいものと思う、而して其生に於ても、死に於ても、自己の分相応の善良な感化・影響を社会に与えて置きたいものだと思う、是れ大小の差こそあれ、其人々の心がけ次第で、決して為し難いことではないのである。
不幸短命にして病死しても、正岡子規君や清沢満之君の如く、餓死しても伯夷や杜少陵の如く、凍死しても深艸少将の如く、溺死しても佐久間艇長の如く、焚死しても快川国師の如く、震死しても藤田東湖の如くならば、不自然の死も却って感嘆すべきではない歟、或は道の為めに、或は職の為めに、或は意気の為めに、或は恋愛の為めに、或は忠孝の為めに、彼等は生死を超脱した、彼等は各々生死且つ省みるに足らざる大なる或者を有して居た、斯くて彼等の或者は満足に且つ幸福に感じて死だ、而して彼等の或者は其生死共に尠からぬ社会的価値を有し得たのである。
如意輪堂の扉に梓弓の歌かき残せし楠正行は、年僅に二十二歳で
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