聞の報ずる所によると、玉島を殺した男は武山清吉《たけやませいきち》と云って、或る小さな酒屋の若い雇人だった。彼は前夜主人の命令で、得意先に掛取りに行って、五百円余りの紙幣を風呂敷包にして懐中に入れ家へ持って帰る途中で落して終った。彼は気がついてから夢中になって探し廻ったが、誰かに拾われて終ったと見えて、どこにも見当らなかった。
 彼の主家は引続く不景気に破産しかかっていたので、その金がなければ愈々《いよいよ》破滅の他はなかった。清吉はよくその事情を知っていたので、自殺して詫びるより他はないと思って、茫然《ぼんやり》しながら歩き廻っていた。そのうちにふと気がつくと、彼は一軒の大きな家の前に立っていた。それは彼の主家の附近で、評判の悪い玉島と云う高利貸の家である事が分った。彼は夢中で歩き廻っていたが、矢張り落した金の事を考えていたと見えて、掛取り先から主家へ帰る途順を歩いていたのだった。
 ここの家なら五百や千の金はいつでも転っているだろう。彼は玉島の標札を見上げながら、ふと、こんな事を考えた。そうして、何心なく潜戸を見ると、どうしたのか細目に開いていた。彼は眼に見えない何物かに引摺られる
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