いきがい》のある生き方をして呉れ」
[#ここで字下げ終わり]
こんな遺書を書き残して置こうかと思ったが、何だか余り月並な夫のする事と思ったし、それに見つかり方が早くて、玉島を殺す所を留められるような事になっても困るし、友木は妻には何にも知らさない事にした。
玉島の家は無人ではあったが、戸締りは中々厳重らしい。噂によると、夜の警戒は一層激しいと云う事であるから、どうして忍び込むかと云う事が問題だった。殺す方法は更に問題だった。友木には短刀は愚か、肥後守《ひごのかみ》のような簡単な小刀さえなかった。そんなものを買う金は無論ない。もしそんな金があったら、仮令《たとえ》それが十銭であったにしろ、芋でも買って餓を凌《しの》ぎ、玉島を殺す事は明日の問題にしたに違いないのだ。友木は玉島を殺すべき兇器さえ持たない事を思うと、苦笑せざるを得なかった。
蝋燭は最後の燃えんとする努力をするように、パッと一瞬間明るくなると共に、見る見る焔が小さくなって、忽《たちま》ち消て終った。
友木はのっそりと真暗な部屋を出た。
二
通りは歳晩の売出しで、明るく且《か》つ賑《にぎや》かだった。飾窓にはいろいろと贅沢《ぜいたく》な品が並べられて、そのどれもが、友木が一月に一度も手に入れる事の出来ないような金額の定価がついていた。十一時近かったけれども、空風《からっかぜ》に裾を捲《ま》くられながら、忙《せわ》しそうに歩き廻っている人で群れていた。
友木はこう云う人々の間に交って、身装《みなり》が少し見すぼらしいと云う以外に、人目を惹くような特徴は示していなかった。彼の多少殺気立っている顔色も、年の暮を足を棒にして歩き廻っている人々には、少しも注意を惹かなかったのだった。彼も亦《また》年の暮を忙しそうに歩いている一人としか見えなかったのは彼にとって仕合せだった。
彼自身は然し、始終何者かに追かけられる気持だった。鳥打帽子を眉まで被《かぶ》って、屈《かが》み加減にどんどん歩いて行った。
玉島の家は薄暗い横丁にあったが、夜用のない商売とて、年の暮と云うのに、もうすっかり門を閉じて寝静まっていた。
友木は玉島の家に近づくと、四肢が妙にブルブル顫え出して、唇が異様に渇いて来た。彼はうろうろと門の前を二三回往復した。
戸を叩く勇気はなかった。何かの口実で彼に会う事は出来るとしても、素手ではどうする事も出来ない。旨い隙を見て飛かかったとしても、老人ではあるが、頑丈そうな玉島には、友木は反《かえ》って組み伏せられるかも知れない。何とかして兇器を手に入れて、寝入っている所とか、背後からとか、兎《と》に角《かく》、不意をつかなければ成功しそうにないのだ。
友木は潜《くぐ》り戸や裏木戸に手をかけて見たが、ビクともしなかった。門を乗り越すには未だ時刻が早過ぎる。
友木は云い現わす事の出来ない焦燥と不安とを感じながら、玉島の家の前を往きつ戻りつした。時々通りかかる人影に追われては、通りの方に出た。通りを一廻りしては又家の前に来た。
夜は次第に更けて、寒さはいよいよ増して来た。が、忍び入るべき機会は少しも彼に与えられなかった。けれども彼の勇気は容易にひるまなかった。彼は執拗に目的の家の廻りを離れなかった。
何回目かに、通りの方から玉島の家のある薄暗い横丁に這入《はい》って来た時に、友木の足にポーンと当ったものがあった。見ると、それは小さい風呂敷包だった。友木は何の気なしに取り上げた。風呂敷の中は軽い紙束のような手触りのするものだった。
もしや、と思って友木はドキンとした。彼はよく金を拾う場面を空想したものだった。金を拾うより他に方法はないと思った事は再々あった。金を拾えばどんなに嬉しかろうと思った事も度々あった。奇蹟的に金を拾って窮境を脱する事の出来る事を幾度か熱望した。が、空想は遂に空想に終って、そんを奇蹟はかつて実現した事がなかった。
然し、今日と云う今日こそ、正にその奇蹟が起ったのではあるまいか。こう思いながら、そうして一種異様な不安に襲われながら、友木は風呂敷包を開いた。中から紙包が現われた。そうして、
何たる奇蹟!
紙包の中味は正に紙幣束《さつたば》だった。
友木の手はブルブル顫えた。彼はあわてて紙幣束を懐中に捻《ね》じ込んだ。持ちつけない額なので、能《よ》く目算は出来なかったが少くとも五百円はあるらしかった。
友木は夢中で走り出した。兎に角、その場にいる事が恐ろしかったので。
数町離れた所へ来て、彼はホッと息をついた。
どうしよう。
届けようか。落主が知れれば一割位|貰《もら》えるかも知れない。が、落主が直《す》ぐ知れないと、そのままお預けだ。では、いっそ初めから、謝礼だけ引いて届けようか。いや、それは分った時に困る
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