れると云っても、私はあなたなしに生きて行けない事は能く知っています。ですから私は死にます。私はあの憎い玉島を殺して死のうと思います。玉島は用心深いそうですが、女ですから油断しましょう。私は金を返えしに来たような風をして彼に会い、隙を見て刺殺します。
長い間愛して頂いた事を深く感謝します。稀《たま》には憐《あわ》れな私の事を思い出して下さい。どうぞ、生甲斐のある人生をお送りになりますように。
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き]伸子」
友木は皆まで読まずに夢中になって外へ飛び出した。足は驀地《まっしぐら》に玉島の家へ向っていた。
妻は彼と同じ事を考えたのだ。手紙の文句さえが、彼が妻に書き残そうと考えていた事と、同じではないか。彼女は彼と入れ違いに玉島の家に向ったのだ。
もう間に合わないかも知れない。彼女は玉島を殺して終ったかも知れない。恐ろしい事だ!
だが、彼女だって、そう易々《やすやす》と玉島の家の中には這入れないだろう。殊に女の事だ。玉島に組み伏せられたかも知れない。どうかそうあって呉れ!
早まるな、伸子。もう玉島なんかどうでも好いのだ。殺す必要があったら、お前より先に俺がやっつけているのだ。ああ、俺が逃したばかりに、お前は殺人の罪を犯したかも知れない。ああ、恐ろしい、どうぞ、未だ殺していませぬように。間に合いますように。
友木は譫言《うわごと》のように口の中でブツブツ呟きながら、ひた走りに走っていた。
四
ああ、駄目だ!
玉島の家の二階から燈火が射《さ》していた。潜り戸に隙があって、押すと訳なく開いた。
ああ、伸子は中に這入ったのだ。
友木は潜り戸を押し開けて、中庭を走りながら、もしやその辺に血に染《にじ》んだ短刀を持った伸子が気絶でもしてはいないかと、眼を忙しく動かした。が、何も眼には留らなかった。
玄関にも血の垂れたような痕はなかった。
未だ惨劇は起らなかったのか。伸子は無事か。玉島に組み留められたのか。ああ、それでも好い。どうか無事でいて呉れ。
友木は勝手を知った家なので、階段を駆け上って、玉島の応接室になっている部屋を目がけて突進した。
と、突如として、人の争う物音が響いた。
友木は鞠《まり》のように部屋の中に飛び込んだ。
見ると、伸子がどこで手に入れたのか、ギラギラ光る短刀を閃《ひら》めかして、勢い鋭く玉島に詰め寄せている。玉島は壁側に押しつけられて、両手を前に差し出しながら、訳の分らない叫声を挙げているのだった。
「伸子、止《よ》せっ!」
友木は怒鳴った。しかし、伸子の耳には這入らないのか、只《ただ》一刺にと、足を一歩踏み出した。玉島はぎゃっと云う鳥の絞められるような声を出した。
友木は伸子に飛ついた。右の手で、しっかり彼女の短刀を持った手を握った。
伸子は激しく身を藻掻《もが》きながら振り返った。友木の顔を見ると、
「あッ! あなた?」
と叫んで、短刀をガラリと落すと、張りつめた力を急に失なったように、ガックリと友木の胸に凭《よ》りかかった。
「無茶じゃ。無茶じゃ」
危く生命を落す危険から逃れてホッとしながら、恐怖に蒼ざめた顔をしかめて、玉島は叫んだ。
「何が無茶だ」
友木は憎悪に充ちた眼で蒼くなっている玉島を見ながら怒鳴った。
「何が無茶じゃて? こんな無茶な事が世の中にあるもんかいな。貸した金を返えしもせず、人を殺そうとするなんて、阿呆らしくてものが云えんがな」
「ものが云えなければ黙ってろ。貴様のような奴は殺しても好いのだ」
「無茶苦茶じゃ。謝りもせんと、云いたい事を吐《ぬ》かす。もう辛抱が出来ん。わしは告訴する」
「ふん、告訴でも何でもして見ろ。俺はもうお前なんか恐くないぞ」
「わしは恐うのうても、お上は恐いぞ」
「恐くない」
「阿呆云うな。牢へ這入らんならんぞ」
「構わない」
「無茶じゃ。無茶じゃ。そんな事云わんと、金を返えして呉れ」
「ふふん。そんなに金が欲しいか。金を返えせば文句はないんだな」
「金を返えして、大人しゅう引取って呉れたら、何にも云わん」
「よし、では金を返してやるから、証文を寄越せ」
「証文はお前の女房が破って終ったがな」
玉島は情けなさそうな顔をして云った。
「よう、破った、ふん」
友木は伸子を静かに抱き起して訊いた。
「お前破ったのか」
「ええ」
死人のように蒼ざめた顔ではあったが、彼女は割にしっかり答えた。
「証文は破っても金高は覚えているだろう」
友木は玉島に云った。
「うん、そら覚えとるとも」
「それじゃ云って見ろ。証文がなくなれば返えさなくても好いのだが、俺はお前見たいな卑《さも》しい人間と違って、そんな事は嫌いだ。払ってやるから、金高を云え」
「えっ、払って呉れる? 夢じゃないかいな。金高
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