。いっそ、そんなら皆借りて終おうか。
五百円あればもう死ななくて好い。玉島を殺すにも及ばぬ。これを一転機として、運が開けて来るかも知れぬ。五百円落すような迂闊《うかつ》な人間は、これが無いからと云って、さして困りもしまい。
借りよう。友木はとうとうそう決めて終った。
彼は四辺が急に明るくなったように感じた。希望が、涸《か》れかかった彼の胸から湧き出して来た。
彼はふと妻の事を思い出した。
真暗な家に帰りついて、彼のいないのを発見した彼女は、どうしているだろうか。それとも彼女は未だ町をうろつき廻っているのだろうか。
早く、早く、吉報を知らしてやらなくてはならない。
友木は胸をわくわくさせながら家の方に駆け出した。
三
家は真暗だった。
友木は手探りで室の中に這入って、声を掛けて見たが、妻は帰っていなかった。
彼は家を出て、近所の荒物やで蝋燭を二本買った。ビクビクしながら、懐中から拾った金のうちの十円紙幣を一枚抜き出して渡したが、店の者は別に怪しみもせず剰金《つりせん》を呉れた。それから彼は食糧品店に行った。彼は軟かい食パンとバタとハムの鑵《かん》を買った。それから果物屋で真赤に熟した林檎《りんご》を買った。彼は喉をグビグビ云わせながら家へ帰った。
太い真白な西洋蝋燭は久し振りで快よい照明を与えた。彼は夢中になって食パンに食いついた。それから林檎に齧《かじ》りついた。
腹が十分になって少し余裕が出ると、彼は久しく吸わなかった、煙草が無性に欲しくなった。彼は再び外に出て煙草を買った。胡坐《あぐら》を掻きながら、一息煙を吸うと得も云われない気持だった。つい先刻死を決した自分が、恰《まる》で別人のように思われた。
妻はどうしたのか中々帰って来なかった。
彼は悠然と構えてはいたが、実は一刻も早く妻の顔が見たいのだった。早く彼女と喜びを分ちたかった。が、妻は容易に姿を見せないのだった。
彼は少し不安になって来た。彼女の身に何か異変が起ったのではないか。もしや自動車にでも轢《ひ》かれたのではなかろうか。或いは金策が出来ない為に、無分別な考えを出したのではなかろうか。彼の不安は次第に募って来た。
もしや彼を見限って逃げたのではなかろうか。万々そんな事はないと思いながら、友木は悪い方へと考えが向くばかりだった。
いや、矢張り果《はか
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