も、素手ではどうする事も出来ない。旨い隙を見て飛かかったとしても、老人ではあるが、頑丈そうな玉島には、友木は反《かえ》って組み伏せられるかも知れない。何とかして兇器を手に入れて、寝入っている所とか、背後からとか、兎《と》に角《かく》、不意をつかなければ成功しそうにないのだ。
 友木は潜《くぐ》り戸や裏木戸に手をかけて見たが、ビクともしなかった。門を乗り越すには未だ時刻が早過ぎる。
 友木は云い現わす事の出来ない焦燥と不安とを感じながら、玉島の家の前を往きつ戻りつした。時々通りかかる人影に追われては、通りの方に出た。通りを一廻りしては又家の前に来た。
 夜は次第に更けて、寒さはいよいよ増して来た。が、忍び入るべき機会は少しも彼に与えられなかった。けれども彼の勇気は容易にひるまなかった。彼は執拗に目的の家の廻りを離れなかった。
 何回目かに、通りの方から玉島の家のある薄暗い横丁に這入《はい》って来た時に、友木の足にポーンと当ったものがあった。見ると、それは小さい風呂敷包だった。友木は何の気なしに取り上げた。風呂敷の中は軽い紙束のような手触りのするものだった。
 もしや、と思って友木はドキンとした。彼はよく金を拾う場面を空想したものだった。金を拾うより他に方法はないと思った事は再々あった。金を拾えばどんなに嬉しかろうと思った事も度々あった。奇蹟的に金を拾って窮境を脱する事の出来る事を幾度か熱望した。が、空想は遂に空想に終って、そんを奇蹟はかつて実現した事がなかった。
 然し、今日と云う今日こそ、正にその奇蹟が起ったのではあるまいか。こう思いながら、そうして一種異様な不安に襲われながら、友木は風呂敷包を開いた。中から紙包が現われた。そうして、
 何たる奇蹟!
 紙包の中味は正に紙幣束《さつたば》だった。
 友木の手はブルブル顫えた。彼はあわてて紙幣束を懐中に捻《ね》じ込んだ。持ちつけない額なので、能《よ》く目算は出来なかったが少くとも五百円はあるらしかった。
 友木は夢中で走り出した。兎に角、その場にいる事が恐ろしかったので。
 数町離れた所へ来て、彼はホッと息をついた。
 どうしよう。
 届けようか。落主が知れれば一割位|貰《もら》えるかも知れない。が、落主が直《す》ぐ知れないと、そのままお預けだ。では、いっそ初めから、謝礼だけ引いて届けようか。いや、それは分った時に困る
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