]右手を上衣のポケットに入れた。何《どう》やら覚えのない小さなものが手に触れたので、ハテナと思いながら取り出してみると、小さな紙包である。急いで開けると、あ! 先刻《さっき》欲しいと思った黄金製カフス釦《ボタン》じゃないか。彼は眼をこすった。その途端左のポケットにも何《どう》やら重味を感じた。左のポケットから出たのは、金側時計であった。彼は何が何やら判らなくなった。恰度《ちょうど》お伽噺《とぎばなし》の中にある様に、魔法使いのお蔭で何でも欲しいと思うものが、立所《たちどころ》に湧いて出ると云うような趣だった。然し彼はいつまでも茫然としていられなかった。彼の時計を持って居る手は、後から出て来た頑丈な手にしっかり握られた。彼の後には大きな見知らぬ男が立っていたのである。彼はこの見知らぬ男と共に先刻《さっき》の洋品店に行くべく余儀なくせられた。彼が何が何やらさっぱり判らない中に、店の番頭達はこの方に相違ありませんが、別に何も紛失したものはないと答えた。次に時計店に連れて行かれた時分に、岩見も漸く少し宛《ずつ》判って来た様な気がした。時計店の番頭は彼をみるや否や、この野郎に違いありませんと云っ
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