んですか」
「それがね、可笑《おか》しいんですよ。今朝、茅ヶ崎の別荘の管理人から、小浜信造死んだ、遺族に通知頼むってね、私宛に電報が来たんです」
「へえ、どういう事ですか。それは」
「丁度、小浜さんがいましたから、その電報を見せると、カン/\に怒ってね、誰かの悪戯だといって、すぐ返電を打ちましたが、折返し警察から、すぐ来て貰いたいという電報が来ましたので、ブツ/\いいながら行かれました」
「どうしたという訳でしょうね」
「何かの間違いに極ってまさア。当人はピン/\しているんだから」
「可笑しいですなア」
「全く変なんですよ。昨日は一日茅ヶ崎の別荘で待ち呆《ぽ》けを食わされたといいますから」
「昨日も茅ヶ崎へ行かれたんですか」
「えゝ、誰かゞね、茅ヶ崎の別荘で会いたいというので朝から出掛けたんですよ。所が夕方まで待ってもやって来ないというので、小浜さんはプン/\しながら帰って来ました」
「何時頃お帰りでしたか」
「さア、九時半か、十時頃でしたろう」
 信造は昨日午後六時三分茅ヶ崎発の汽車で東京に向ってるから、真直ぐに帰れば八時過ぎにはアパートに着く筈である。途中で食事か何かの為に寄り道をしていたのだろう。望月刑事はそう思いながら、
「その会われるという方はどなたでしょうか」
「知りませんね」管理人はジロリと刑事を見て、「大方従兄弟だという人だろうと思いますが、私には分りませんよ」
「昨夕の十時頃帰って来て、それからずっと今朝までおられたのですね」
「えゝ、ずっとおられましたよ」
 管理人はそういって、もう一度ジロリと刑事の顔を見た。刑事は今後の捜査上、身分を知られない方がいゝので、いゝ加減に切上げた。
「どうもお邪魔しました。なに、別に用はないんです。又来ます」


          卓一という男

 北田卓一の住居は蒲田区内のジメ/\した低地にあった。卓一も独り者なので、永辻栄吉という家に同居していた。近所で訊いて見ると永辻というのは円タクの運転手らしい。
 望月刑事が当家《こゝ》へ訪ねたのは、日ももうトップリ暮れた頃だった。栄吉は稼ぎに出ていて未だ帰らず、三十そこ/\と思われる狡猾《こす》そうな顔をした女房が留守番をしていた。
 こゝでは望月刑事は身分を隠さず、肩書つきの名刺を出した。おかみは亭主の栄吉が毎々交通事故かなんかで、警察の呼出しを食ってると見えて、刑事と知っても格別そう驚かなかったが、茅ヶ崎署から来たのだと気がつくと突然眼の色を変えて叫んだ。
「卓一さんが死んだって、ど、どうしたんでしょうか。先程《さっき》信造さんから知らせがあったんですけれども、宅《うち》が出ているもンでどうしようもないんですよ」
「狭心症でね」刑事は静かにいった。「信造さんの別荘で死んでいたんですが、何ですか、卓一さんは不断から心臓が弱かったですか」
「それがね、丸で嘘見たいなんですよ。顔色は蒼白くって、病人臭い所はありましたが、とても元気な人で、押《おし》が強くて、つまり心臓が強いんでしょう。所が本当の心臓はいつ停って終《しま》うか分らないんですって。まさかと思っていましたが、本当に停って終ったんですわねえ」
「昨日はずっと宅に居られたんですか」
「いゝえ、卓一さんがじっと宅になんかいるものですか。どこへ行くんだか毎日朝から飛歩いていますよ。よくまア、あゝ用があると思いますよ。自分の事はこれっぱかしもしないで、人の事ばかり世話を焼いて、いつも懐中《ふところ》はピイ/\の癖に大きな事ばかりいって、信造さんの懐中ばかり当にしてるんですよ。信造が死にや、奴の財産は俺のものだから、いくらでも出してやるんだがなア、なんて、そんな事ばかりいってるんですよ」
「じゃ、昨日茅ヶ崎へ行った事はおうちじゃ知らなかったんですね」
「所がね、あなた、卓一さんは昨夕七時頃にひょっこり帰って来ましてね、腹が減った、飯だ、飯にして呉《く》れという騒ぎなんでしょう。私は泡食って仕度したんですよ。すると、御飯の途中で、突然しまった、と大きな声を出すんです。私は吃驚《びっくり》してどうしたんですって訊くと、信造と茅ヶ崎の別荘で会う約束がしてあったんだ、すっかり忘れて終った、というんです。約束しといちゃ忘れるのは毎度の事ですから、そう騒がなくてもいゝでしょうというと、いや、他の事と違って、相手は信造だ、それに今度はどうしても奴に金を出させなければならないのだから、奴を怒らしては困るんだ。すぐ之から行くっていうんです。まさか今頃まで待っちゃいないでしょうといったんですが、いや、信造はあゝいう奴だから、今夜中は待ってるに違いない。よし帰って終ったとしても、兎に角僕は約束を破らないで別荘まで行ったという事を見せて置かないと、後が困る、どうあっても行くって頑張るんです。それまではまア
前へ 次へ
全8ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング