ちょっくら様子のいゝ人だアよ」
「それでお前、オッ惚《ぽ》れたちゅうのかい」
「この人《ふと》は。馬鹿|吐《こ》くでねえ。俺《おら》の年でハア、惚れるのなんのちゅう事があるもンけえ」
「ハヽヽ、怒るでねえ。それからどうしたゞね」
「昼間は家ン中や庭さ歩き廻って、何するでなしにソワ/\してたっけが、夕方になって、俺《おら》頼まれた通り夕飯さ拵《こしら》えて持って行くと、どこにもいねえだ」
「いねえ――どうしたゞね」
「分らねえだよ。兎《と》に角、どの位《くれ》え探してもいねえだ。どこかへ行っちまったゞよ」
「だけども、可笑《おか》しいでねえか。飯さ頼んで置いてよ」
「俺も可笑しいと思ったゞが、いねえものはいねえさ。断りなしに帰《けえ》るとは変な人だと、ちっとばかり腹さ立ったゞよ。だけどよ、不用心だと思って、締りさちゃんとして引上げたゞ。所が八さア。今《い》ンまの先、別荘の前さ通ると、裏口が開いてるでねえかよ。俺《おら》不審に思って庭さ這入《へえ》って見ると、雨戸が一枚こじ開けてあるだ。俺《おら》、大きな声で呼ばったゞ。何の返辞もねえだ。恐々《こわ/″\》中さ這入《へえ》って見ると旦那さアが書斎の籐椅子に腰さ掛けて眠っているでねえか。あれまア、こんな所で転寝《うたゝね》さして、風邪引くでねえかと傍《そば》さ寄ると、俺《おら》もう少しで腰さ抜かす所だったゞ。旦那さアは眠ったようにオッ死《ち》んでるだア」
「そいつは事だゝ。すぐにお医者さア呼ばらなくちゃならねえだ。俺《おら》、町まで一走《ひとはし》りして来《く》べい」
「八さア、頼むからそうして下せえ。俺《おら》、この辺で待ってるだ。俺《おら》、一人であの家へ行くのは、おっかなくて、とても出来ねえだよ」
 お徳は今更のように身顫いしながらいった。


          僕は生きてる

「之アどうする事も出来ない。すっかり縡切《ことき》れている」
 八太郎の急報で飛んで来た町の寺本医師は死体を一眼見ていった。
 それから眼を引っくり返して見たり、聴診器を当てたり、綿密に調べてから、
「狭心症だ。若いのに可哀想に――大分|以前《まえ》から心臓が悪かったらしいな」
「昨日初めて合いましたゞが」お徳はいった。
「蒼い顔さしていましたゞ。だが、こんな事になるなんて、夢にも考えましねえだったゞ」
「兎に角、遺族[#「遺族」は底本では
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