人は巧に踪跡を晦まして、今だに絶えず嘲弄状を送って来る。そして本人には窃盗、詐欺、放火殺人などの嫌疑がかゝっているが確実な証拠はすこしも挙がらない。こんな奇妙な事件は始めてだ」
 本所界隈を一日歩き廻って無駄足を踏んだ失敗を、計らずも神田で酔払いの定次郎の引合せで谷田に会い、その埋合せが出来るかと思ったのが、そうも行かなかったので、路々こんな事を考えながら石子は元気なく家に帰った。
 家には思いがけなく岸本が悄気切って控えていた。
 妻のきみ子は笑いながら、
「岸本さんはお払箱になったんですって」
「どうして?」
 石子は意外だった。
「すっかり失敗《しくじ》って了ったんです、素人探偵は駄目ですよ」
 岸本は頭を掻いた。
「どうしたんだい」
「何にもしやしないのです。今日ね、随分気をつけていたんですけれども、ついバットを一枚割ったのです。すると奴さん怒りましてね、直ぐ出て行けと云うのです。どうもね、前から怪しいと睨らまれていたらしいのです。おかみさんが随分取りなして呉れましたが駄目です。頑として聞かないのです。あなたがお止めになるのを無理に自分から引受けて置きながらどうも申訳ありません
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