君は貞子の事については心当りがないのだね」
「からっきし、見当も何もつかないんです。だが、あいつも十六だったんですから、自分から死ぬ気なら遺書《かきおき》の一本も書くでしょうし、生きてるなら三年|此来《このかた》便りのない筈はねえでしょう。あっしはどうしても支倉が怪しいと睨んでいるんだ。旦那、あんな悪い野郎は御用にしておくんなさい」
 定次郎の話も支倉に対する疑惑をいよ/\深くするだけで、積極的には何の役にも立たなかった。石子刑事は元気なく頭を垂れたまゝ汚い車宿を出た。
 外へ出た彼はそのまゝ帰署して根岸刑事に相談しようかと思ったが、思いついて、一度支倉の留守宅を訪ねて、彼の妻に会って問い質して見ようと云う気になった。彼は水道橋駅から省線電車に乗り込んだ。
 支倉の家は相変らずしーんとしていた。十日許りの間に庭の梅の木は主人のいないのも知らぬ気に一輪、二輪|綻《ほころ》びかけていた。離座敷に通されて、梅の枝を見上げた時に、取逃がした日の事が歴々《あり/\》と思い出されて、それからの苦しい四晩の徹夜、それから今日までの苦心の数々が、なんだか遠い昔から続いているように石子刑事に思われたのだ
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