92−36]《もが》きなのだ。
 支倉は前に述べたように保釈願と云う事に全力を注いで、遮二無二許可になろうと企んだが、遂に事は成らなかった。そこで彼は次の公判にはどうでも犯罪事実を覆えすか、出来なければ例の怒号咆哮で公判を延ばそうと云う考えで、その一着として閲覧願と云うものを提出した。
「来る四月二日出廷の節、其場(公判準備室)に於て、
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 大正六年押二八八号ノ四
 小林遠吉より小林定次郎宛、書信三通をどうぞ閲覧させて頂き度、此事前以て呉れ/″\も御願い申して置きます云々」
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 一寸見て別に変哲もない願書だが、彼は此願書に例の細字で数百字認めた金沢市長宛の葉書の写しを添えて、三月二十四日から二十七日の間に前後四回、全く同文のものを提出している。この事は前に述べたが、彼の押の強いのには舌を巻かざるを得ぬ。
 かくて大正十三年四月二日更新第一回(恐らく震災の為に続行公判を打切り更新したものであろう)の公判が開かれる事となった。彼としては最後の努力を試みるべき所、彼は前記の閲覧願の外に、押収の書信数通の返還を乞うと共に、神戸牧師に宛て巨弾を一発放
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