願を出した。翌日不許可になると、再び同文の、而も筆の運びから字配り、行割りから字と字の間まで寸分違わぬ、よくもかくまで同一に書けたものだと思われる願書を即日提出した。不許可になると又出す。とう/\暮の押し詰まった二十八日迄に四回矢継早に提出した。而もそれには極《きま》って細字に認めた参考書類がついている。それが又一言一句を違えず、文字通り判で押したように、そっくり同じである。根気の好いのには驚かざるを得ない。参考書類と云うのは、支倉が庄司氏の身許につき金沢市長に宛てた、頗る悪意のある愚劣極まるものである。引用する事は関係者を不快にさせるかも知れないが、こゝに一部を書抜いて、支倉がいかに庄司氏に対し悪辣を極めたかを証明する事にしよう。
 之は原文は細字で葉書に認めたものらしい、大正十一年頃の発信で、署名は相変らず東京未決監未決六年冤枉者支倉喜平、宛名は金沢市役所市長殿である。
 前半には例の書類隠匿事件も詳細に書き、後半には、
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「君(支倉を指す)は公判から出たらわし(庄司氏を指す)の兄のカナイの父親は、只今金沢新地で南楼と橘平《きっぺい》楼を名乗って芸妓屋と女郎屋
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