である。よし事実犯せる罪であっても、六年の長きに亙って、冤罪を怒号し咆哮し続けているうちに、いつか彼は自分が無実であったかのように固く信ずるようになったかも知れぬ。加うるに彼の性質は既に拗《ねじ》け、剛腹《ごうふく》で執拗であるから、長き牢獄生活に次第に兇暴になったのは敢て不思議ではない。
 然し俄然彼の態度に一変を加えたのは、彼の妻静子が彼から背き去った事であった。
 読者諸君は支倉がいかに彼の妻子に対して愛着の念を持っていたかをよく知って居られるであろう。彼の愛は変態と云っても好い程、強い偏った愛だった。すべての囚人は妻子の事のみを案じ暮すと云う。況んや彼支倉の如きは只妻子を思うのみで、只管に死を逃れ、憎い神楽坂署長に恨みの一言を報いようと努力し続けたのである。
 ある朝、此頃静子が次第に自分を訪れる事が疎《うと》くなって来たので不安を感じていた支倉は、能勢弁護士から彼女が仇男《あだしおとこ》を持った事を聞くと、みる/\憤怒の形相となり、ハッタと能勢氏を睨みつけた。流石の能勢氏もタジ/\とした。

 妻の静子が彼に背き去った事を聞いた支倉の形相は実に物凄いものだった。彼の太やかな眉
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