弁解を試みたのかも知れない。けれども以上の事実は決して判官に好い心証を与えるものではない。
小塚検事は最後に神戸牧師を喚問して、支倉の自白当時の事を聞き質した。
「私は支倉が当局へ送られる前、神楽坂署に呼び出されまして」
神戸牧師は答えた。
「支倉に面会いたしましたが、同人は真実悔い改めた様子で私に後事を宜しく頼むと申しました。私は心さえ改めれば宜しいから、潔く罪に服せよ、後事は他に託する人がなければ自分が責任を負うて世話してやると申しました所、同人は落涙して感謝して居りました」
最後の取調を終って、小塚検事の決意は少しも変らなかった。彼は古我予審判事に対し、
「予審決定に付意見書」
と題し放火殺人以下八罪につき東京地方裁判所の公判に附するの決定相成しものと思料する旨、理由書と共に提出した。
大正六年七月二日、支倉喜平は有罪と決し、こゝに予審は終結した。
殺人放火の大罪でありながら、本人の自白以外の物的証拠は乏しい。而も本人は自白を否認しようとしている。支倉は果して有罪か。公判はいかに展開するのであろう。
宿業
支倉の妻静子はスヤ/\と寝入ってい
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