新開地と称し寂寥たる原野と化し、該井戸側は腐朽し周囲は棒杭を立て針金を引廻し僅に崩壊を防ぎ、大正三年十月|浚渫《しゅんせつ》の際まで其のまゝに放置せられ、発掘せる木根所々に散在し、井戸の傍に一条の小径ありて雑草中を南北に縦貫し居たりと云う。
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 この調書は中々の名文だ。一読草茫々たる原野中の古井戸を髣髴とせしめて、凄愴の気人に迫るものがある。

 三月二十九日支倉の妻静子は予審廷に召喚せられて、参考人として古我判事に訊問せられた。
 神楽坂署で夫の恐ろしい罪の自白を聞いて、既に覚悟はしていたけれども、こうして改めて予審廷に呼び出されると、彼女は新な涙に誘われて、天帝の無慙な試練に歯を喰いしばってこらえているのだった。
 問 其方は支倉喜平の妻か。
 答 そうです。
 問 いつ夫婦になったか。
 答 明治四十三年十一月夫婦になりました。其翌年頃入籍いたしました。
 あゝ、此の答えによると彼女は支倉が四度目の刑を終って出獄して間もなく結婚しているのである。
 当時彼女は十九歳だったのである。
 問 どこで夫婦になったか。
 答 秋田県小坂鉱山の私の実家でした。支倉が
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