云っているのですが、会ってやって呉れませんか」
この時のことを回顧して神戸牧師はこう云っている。
[#ここから2字下げ]
「――これが庄司氏の説明であった。
我らは其一々を聞いて驚いたのであった。前にも述べたように、当時までまさか支倉が貞子を隠す必要もないと思い込んで居たのであるから、此物語りは全く新聞中の新聞であったのである。しかしそう思えば、成程思い当る事もないではない、曩日《のうじつ》の彼の愚痴の繰り事や、其怨恨の情は歴然浮び出るのだった。其午後の事であった。署長庄司氏はいよ/\彼を検事局へ送るに就いては、一度面会して遣ってくれと頼むのであった。我れらは不承々々乍ら、それを承諾して其時間を待っていた」
[#ここで字下げ終わり]
読者諸君は神戸牧師の最後の一句、「不承々々ながら云々」と云う言葉に不審を起されるかも知れない。と云うのは牧師と云う者は罪を救うべき者で、ましてや平素師事されている支倉が懺悔がしたいと云うのだから、進んで聞いてやるべきではないか。
然し、私はこう思う。この不承々々と云う言葉は蓋し不用意のうちに書かれたので、何となく気が進まないと云う軽い気持を現わした
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