もあるし、石子刑事はふと庭に眼をやった。縁の直ぐ前にある梅の枝が処女の乳首のようなふわりと脹らんだ蕾《つぼみ》をつけているのが眼に映った。やがて春だなあ、そう思って再び首を捻じ向けて居間の方を見ると、もう着物の端が見えない。気の故《せい》だか人気《ひとけ》がないように思われる。石子刑事ははっと顔色を変えて居間に飛込んだ。
 不吉な予感のあった通り、そこには支倉の姿はなかった。箪笥の前に小柄な女が佇《たゝず》んでいた。年の頃は二十七、八で、男勝りを思わせるような顔は蒼醒めて、眼は訴えるように潤んでいた。
「奥さん」
 一目で支倉の細君と悟った石子は大声で叫んだ。
「御主人はどこへ行きましたか!」
「只今表の方へ出ました」
 細君は静かに答えた。
 石子刑事は安心した。表へ出れば、表門からであろうが、勝手口からであろうが、待ち構えている渡辺刑事に直ぐ見つかって終《しま》う。そう周章《あわ》てるに及ばない。彼はそう思って落着くと、支倉の後を追う前に彼の鋭い眼で部屋の中をグルリと一廻り睨め廻した。彼の眼にふと開いた襖から鳥渡見えている二階へ通じる階段が映じた。その上にはさっき支倉が褞袍《どてら
前へ 次へ
全430ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング