った。彼女はどうして夫が逃げ隠れをして、自分に家作を譲ったりする事を急ぐのか、よく分らないのだった。
静子は顔を上げた。睫《まつげ》にキラ/\と小さい露が宿っていた。
「何でございましょうか、夫は之で警察へ出頭いたしますでしょうか」
「さあ、分りませんね」
浅田は意地の悪い笑を浮べながら、
「まあ自首なんかなさるまいよ。誰でも刑務所へ這入るなどは感心しませんからね」
「あの」
静子は顔色を変えた。
「じゃ、矢張り罪になるような事をしたんでございますか」
「さあ」
浅田は困ったと云う表情をしながら、
「まあそうでしょうね」
「どんな事をしたんでございましょう」
「奥さんご存じないのですか」
「聖書の事でございましたら」
静子は云い悪くそうに、
「あれは決して盗んだのではない。正当に譲り受けたのだと申して居りました」
「そうですか。じゃ何か外にあるのでしょう」
浅田はニヤリと笑った。
ニヤリと笑った浅田は続けた。
「何か未だ外にあるんでしょうよ。あゝ逃げ廻る所を見れば」
「いいえ。逃げていると云う訳ではありません」
静子は躍起となった。
「この譲渡しの手続きさえすめば進ん
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