事とが喚問せられる事になったから、彼等をあくまで追求して、前後矛盾の答弁でもあったら、直ちに突ッ込んで局面を有利に転回せしめようと手ぐすね引いて待ち構えていた。
 支倉は相変らず諸方へ脅迫状を送り、殊に庄司署長、石子刑事あたりへその主力を傾倒した。
 鳥渡申述べて置くが、支倉が未決数年に亘り、どうして裁判其他の費用を捻出したかと云う問題だ。他の事は分らぬが、相当多額に達したであろうと思われる郵便代などは、諸方へ嫌味な手紙を出してねだったものだ。
 一例を挙げると、神戸牧師夫人の所へなどは度々次のようなはがきが飛び込んで来た。
[#ここから2字下げ]
「甚だ申兼ねた御願いですが、これなるハガキ着次第どうぞ御封筒の中に三銭切手百枚御入れ御送りの上、自分出獄まで御貸与いたゞけますよう御願いいたします。如何折返し何れの御返事を願います」
[#ここで字下げ終わり]
 こう云う風な嫌がらせの手紙で金品を強請された人は外にある事と思われる。
 さて大正十一年六月七日、第十二回公判は裁判長以下成規の判官の下に、能勢氏他二、三の弁護人、特別弁護人として木藤救世軍士官が控えて、物々しく開かれた。この公判には神楽坂署の署員が証人として出廷する事になっているので、支倉の運命を決する重大な裁判と云わねばならぬ。彼は例の自ら筆記した大部の書類を携えて被告席に控えていた。
 第一に出廷したのは石子刑事だった。支倉事件に関係した神楽坂署員のうち大島司法主任は既に支倉の訊問半にして斃れたが、当時老練の誉高く事件に活躍した根岸刑事は先年物故した。石子刑事は署長を除くと唯一の現存主要人物なので、裁判長の訊問も鋭く、殊に能勢弁護人の追究は物凄い程で、石子刑事は殆ど一人で神楽坂署の非難を引受けて終《しま》った形だった。
 彼は能勢氏から支倉拘引の前後の事情、自白に至るまでの経路につき勢い鋭く問い詰められた。石子刑事は白面に些か興奮の色を見せながらテキパキと答えた。死体発掘の模様から、髑髏の件になると能勢氏の面は愈※[#二の字点、1−2−22]熱して来た。
「警察には髑髏が二つあったと云うではないか」
 能勢弁護人は石子刑事を睨めつけるようにして云った。
「そんな事はありません」
 石子は眉をひそめながら答えた。
「いゝや、被告は確に髑髏を二つ見せられたと云っている」
「そんな事はありません」
「被告の妻にも髑髏を見せたではないか」
「私は知りません」
「髑髏を被告に突つけて嘗《なめ》て見ろと云ったではないか」

 髑髏を嘗さしたではないかと云う能勢弁護士の詰問に、証人石子刑事は静かに答えた。
「誰か外の者がそう云う事を遣りましたかどうか知りませんが、私はやりません」
「ふむ、では証人はその骸骨を弄んだ事はないと云うのか」
「鑑定に持出すので、二、三度刑事部屋で弄んだ事はあります」
「それでは証人は被告が警察署で警官の前でいじっているのを見た事があるか」
「ありません」
「証人は被告を警察で打ったり蹴ったりして調べたではないか」
「そんな事は決してありません」
 石子刑事の訊問は従来嘗て見ない程詳細に長時間に亘って試みられた。然し石子刑事は拷問の件は極力否認するし、それに何と云っても大島司法主任、根岸刑事の二人が既に死んでいるのが、支倉に取って不利だった。
 この二人が生きて居れば別々に訊問して、答弁に前後矛盾した所があれば又何とか突っ込む方法もあったかも知れぬが、石子刑事の方でも都合が悪い所は二人のせいにして逃げて終うし、支倉の云い分は少しも通らない事になった。
 石子刑事の次に佐藤司法主任が取調べられた。この取調べも頗る詳細を極めている。ホンの一部を左に抜いて見よう。
 問 被告は余り易々と自白しているようであるが、証拠をつきつけられて、余儀なくせられて自白したか。
 答 井戸から出た死体を小林貞に相違ないと断定し、それは自殺であるか、他殺であるか。他殺とせば何者がしたのであるか、と云う事について、被告を訊問しますと、被告は貞に暴行を加え、淋毒を感染せしめ、先方から告訴をすると談じられて、漸く示談となり貞を引渡す事になりながら、遂に示談が整わなかったと云うような事実が判明しましたので、尚も捜索を続けると、丁度貞の行方不明になった前後に、支倉が貞と一緒に歩いているのを見たと云う者もあり、其人相は支倉に似ていると云うことでありましたから、支倉を訊問した所、兇行直前貞を連れて歩いていた事を自白致しました。
 問 然し三月十八日の聴取書によると、被告は初めから自分のやった事ではない。土工に頼んで大連に売飛ばそうとしたと云っているが、此点はどうじゃ。
 答 そうです。被告は最初には土工を頼み、貞を大連に売飛ばそうとしたと云って居りました。
 問 其の翌日十九日の聴取書によると
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