され、各刑事交代に徹夜にて長の責折檻、鉄拳制裁を受けたのであります」
支倉の上願書はこう云う風に訴えている。
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「右からも左からも前からも拳骨雨の降る如く、あの二月の寒空に単衣一枚として硝子戸を明けはなして、それだけならまだしものこと、誰ともわけの判らぬ頭蓋骨を持出して、之はさだ子だ、接吻しろ。頭をなめろ。一度や二度なら兎も角数知れず接吻させられたのであります。そしてお前は白状をせぬうちはこれから拘留の蒸し返しだ幾度となく拘留して、野郎殺してやるからそう思え。明日は裏の撃剣所に連れて行き、縄にて引縛って頭から水をぶっかけてやるからそう思え。そればかしではない、明日早朝お前の家に行き、お前の妻を引張って来て二十日の拘留に処してお前同様責めてやるからそう思え。(妻は度々其前に呼び出され、責められ、その泣き声を聞くのは私には実に辛かったのであります)妻は可愛くないか。罪ないあの子供は可愛くないか。お前は畜生か、此野郎、禽獣にも劣る奴だ。妻の可愛いのも子供の可愛いのも知らんのである。仕方ない奴だ。それ接吻しろ。又も骸骨との接吻数々。喜平もこゝに心身共に疲れ、こんなに責められるなら、いっその事死んだ方がましだと、それから二度目の自殺を謀ったのであります。看守厳重になり到底死ぬ訳に行かず。罪の私は兎もあれ、罪なき妻子を明日から苦しめると云う事は実に忍びない事だ。からとて殺さんものを殺したと云う訳にも行かず、此上は致し方なし、なんぞ嘘言の申立てをなし、此場を一日も早く、骸骨の責め、虎口より逃れ妻子を救わんとしたのであります。かねて根岸、石子両刑事からのたのみもあることですから、こゝに第二の聴取書中の助《すけ》と云う無形の土工を呼び起してさも真実らしく申立てたのです。なれども事中々には承知して下さらんのです。お前は殺したにせなければいかん。人にならってはいかん、と云われ、私が予審々々と幾度願っても、ヨシンに廻して下さらんのです。益※[#二の字点、1−2−22]辛く酷く責められるのであります。徹夜にての骸骨との接吻の連続数々、此上は仕方がない、自分の身を絞首台に上せる外途はない。自身を殺して妻子を助けてやろうと、それから大決心をして茲《こゝ》に私は殺さぬ者を殺したとして大胆にも叫んだのであります。署長殿の前に嘘自白をしたのであります。私も男です、自白いたします代りに妻子を助けて下さい。ヨロシイお前が男を立てたなら俺も男だ、職権を捨てゝまでもお前の妻子を助けてやろう。あの家だっても聖書会社より差押えられんようにしてやる、妻子の所有としてやる、安心せよ。それについては何か言い置く事はないか。言い置く事あるなら明日誰なり呼び出してやる。それなら妻を呼出していたゞきたい。それから府下中野町のウイリヤムソン師に神戸《かんべ》牧師を呼んでいただきたい。(冤罪の為今は覚悟して死に行くべき身の心の苦しさ)よろしいそれなら明日呼んでやろうと云うので、こゝに生れたのは第三の聴取書なのであります。之なる聴取書だとて並大抵ではありません。自分は殺して居らんものを殺したとして立つのですから、当惑しどう答えてよきやら、先方委せ、先方の云わるゝ儘になったのであります。然し根岸刑事なり署長さんがあゝまで云われたからとて、あとを見なければ中々に安心は出来んと思い起しました。
妻子を助けたき山々なれど、吾は如何せん冤罪の下にオメ/\と絞首台に上がらなければならんのか、あゝ、世は無常々々、人生は夢だ/\断念《あきら》めた。今更女々しき根性は出すまじ我もヤソ信者として妻子を助ける為に潔く絞首台に乗らなん」
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支倉は委曲を尽して神楽坂署に置ける拷問の事実を挙げた。もしそれが事実なら無論許すべからざる事であるが、一体拷問せられた為に自白した事は裁判上無効か有効かは知らないが、拷問による自白だから虚偽であると云う事は直ちに云えないと思う。寧ろ苦痛の余り真実を述べると云う方が割合が多いのではなかろうか。
支倉は今神楽坂署に於ける自白は拷問によるものだから虚偽だと云う事を訴えているけれども、彼の自白が真実か虚偽かと云う事は拷問の有無と切放して考えられないだろうか。即ち拷問の有無は神楽坂署の責任問題として残るだろうけれども、犯罪事実の有無はそれを外にして依然として判官の心証に残るであろう。要するに支倉の自白が真《まこと》か嘘か。彼の自白の場面を見るとどうも心からしたものと思われるし、殊に拷問については神楽坂署で然る事実なしと簡単に片づけているのだから、支倉にとっては甚だ不利だ。
それに彼はこう云う訴えをする時期を失している。彼は予審廷へ出た当初述べれば好いものを、どうかして罪を逃れようと思って、あれこれと小策を弄し、最後に窮余の極こんな事
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