た事なんですが、第一夜になって書物の手入れを始めた事も疑えば疑えるんです。それに揮発油を含んだ綿を殆ど一回々々変えるのですよ。御承知の通り、綿は何もそう度々変えなくても好いのです。見ているうちに揮発油を含んだ綿がそこいら中に散りましたよ。私は家に帰ってから女房にあゝ綿を散らけては火の用心が悪いなあと話したものです。それを警察へ行った時に気がつけば好いものを、余りの事で気が転倒しているものですから、すっかり忘れて了ったのです。警察では可成侮辱的取調べを受けましたよ。少しばかり動産をつけて置いたものですからね」
 人の好さそうな谷田は恰《まる》でそれが昨日の事ででもあったように口惜しそうな顔をした。
「で、先《さ》っ刻《き》申上げた通り、当時は支倉を少しも疑わず、寧ろ親切を喜んでいたのですが、後に外から聞き込んだ事の為に、私の場合もてっきり、支倉が自分の家に火をつけ、そっと密告状を書いて、私を訴えて嫌疑を外らしたのだと信じるのです」
「その外から、聞いたと云う話は?」
 石子は谷田の話がかつて根岸刑事の推察した通りなので、彼の明察に敬服しながら聞いた。
「こゝの火事の後間もなく支倉は高輪の方へ越したのですが、二年経つか経たないうちに又々火事に遭ったのですね。その時も半焼だったのですが、彼は保険の勧誘員に二百円賄賂を贈りましてね、全焼と云う事にして、保険金の全額をせしめたのです」
「どうしてそれが分りましたか」
 石子は膝を進めた。
「この賄賂を取った男から直接に聞いたのです。その男は外にも悪い事をしたと見えましてね、間もなく辞められましてね、私の勤めている会社へ暫く雇われていました。そんな風な男ですから、やっぱり真面目に勤まらず、先年辞職しましたが、私の宅《うち》へ遊びに来た時に、隣に支倉がいたと云う事を聞いて、懺悔話をして聞かせたのです。その男の考えもどうも高輪の方も放火らしいと云って居りました。そんな事で支倉を信用していたのが、間違っていた事がすっかり分ったのです」
 期待していた話も矢張り単なる推測に過ぎないので、石子は落胆した。然し、少くとも保険金詐取の罪だけは確なようだった。
「その男の住所は分っていますか」
 石子は聞いた。
「えゝ、分ってるには分っていますが、折角内済になっているのですから――」
 谷田は口籠った。
「大丈夫ですよ。会社の方に告訴の意志がな
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