さ」
「成程恐い顔ですね。之が奥さんですか」
「そうだよ。そんなのが油断がならないのだよ」
眼の前の沢山の写真をいじくっていた岸本は、ふと一葉の写真に眼を落とすとあっと驚いた。
支倉一家の写真をいじくっているうちに、ふと一葉の写真に眼を落として、岸本はあっと驚いた。それは小林貞子の写真だった。
「どうしたの」
お篠は怪しんで聞いた。
「何、何でもないのです」
「おや、やっぱり若いのが好いと見えるね」
おかみは岸本の持ってる写真を見ると、ニヤリと笑いながら云った。
「そう云う訳じゃありません」
「お生憎さま、岸本さん、その娘はもう死んだよ」
「えっ、死んだんですって?」
岸本はギクリとした。
「大そう驚くね」
お篠はジロリと岸本を見ながら、
「確な訳じゃないが死んだろうと思うのさ。それは支倉さんの女中なんだよ」
「あゝ、女中さんですか」
「それがね、三年前に行方不明になって終《しま》ったのよ」
「へえ!」
「未だに分らないらしいが、まあ死んだんだろうね」
「そうですね、三年も行方が分らないとすると、死んだのかも知れませんね、どうして行方不明になったんですか」
「それがね、そんな小娘だけれども、油断がならないね、支倉の旦那が手を出したらしいんだよ。男ってみんなそう云う者さ。それがもとで一旦宿へ下げられたんだがね、まあそんな事で子供ながらも世の中が嫌になり家出したんだろうさ」
「可哀そうですね」
「可哀そうだと思うかね」
「思いますね」
「ふん、口先ばかりだろう。男なんてものはそんな事を平気で仕でかして置いて、直ぐケロリと忘れて終《しま》うんだから」
「そんな事はありませんよ。おかみさん」
「そう、岸本さんはそんな事はないかも知れないね」
「それで何ですか、おかみさん」
岸本はお篠の言葉をはぐらかしながら、
「支倉さんはどこに居るか分らないのですか」
「分らないの。尤も主人は知ってるかも知れない。手紙のやり取りなどして、いろ/\頼まれるらしいから」
「おかみさん、そんな悪い人ならそう云う風に隠まうのは好い事じゃありませんね」
「私もそうは思っているがね、之も浮世の義理で仕方がないのさ」
「義理って、そんな大切なもんですか」
「お前さんなどは未だ若いから、そんな事は分らないのも無理はないが、義理と云うものは辛いものさ」
「そんなに度々手紙が来るのなら、どこに
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